専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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6月2日(土)
午後4時30分より、広ステーションホテルにおいて、呉東組門徒総代会の総会と研修会が開かれた。
呉東組の総代会が正式に発足して4年目。
今日は呉東組16ヶ寺から住職と総代さんが出席。
専徳寺からは2名の総代さんが。
総会が開かれ、その後研修会。
このたびは、前 安芸教区組長会 会長の佐伯東組浄土寺の御住職 麻生法樹先生が御講師に。
「今を生きる」と題して、いろいろなお話を聞かせていただいた。
特に最後にご紹介されたことば、俳優の故 緒方拳 氏の
今日感会 今日臨終 (こんにち かんかい こんにち りんじゅう)
それを聞いたとき、先日100歳でお亡くなりになった映画監督 新藤兼人氏の
生きている限り 生き抜きたい
このことばと重なって聞こえた。
今を輝いて生き抜く。
なかなかそれが出来ないが、出来ないことに気づくのも大切なこと。
研修会が終わり、そのあと懇親会。
今日のご縁を大切に。
6月1日(金)
今日は午前中、法事を一件済ませて、次男の幼稚園の参観日に。
そして、午後からは長男の広南小学校の参観日。
700円の商品と400円の商品を買うと、あわせていくらになるかという問題。
みんなそれぞれにホワイトボードに書いたものを黒板に貼り、その説明をするという授業。
答えは分かっていても、どうしてそうなるか?
それを説明するのは案外難しいものだ。
昨日から、池に姿を現しているのが、
これまでずっとイボガエルと思っていたが、調べてみると、何とイボガエルというカエルはいないらしい。
通称“イボガエル”。
正式な名前は“ツチガエル”というのだそう。
また、触ったらイボが出来るなんて言われていたのはウソだったと知るが、これは有毒な分泌物を出すことにもよるが、それよりも、皮膚に独特な臭いがあり、それが手につくことを嫌って、そんなことを言うようになったらしい。
ヘーッと、今になってたまたま調べたことで知ることも。
ただ、知ったところで何?と思うようなこともあるが、正しく知るということも大切かな。
世のなかにはそんなことがたくさん。
5月28日(月)
今日から広南小学校にて“読み聞かせ”がはじまる。
毎週月曜日、朝8時10分から10分程度の読み聞かせ。
PTAが担当しているが、この時間はなかなか忙しい時間帯であるため、人手不足。
広南小学校となって、広く声をかけようと、この春募集があった。
日曜日の法務を終えての翌朝。
喉の心配もあるため、最初は躊躇したが、とりあえず1学期のあいだだけでもお手伝いを。ということで申し込んでみた。
そして、今日がその初日。
担当は何といきなり1年生。
これまでどんな風にしていたかも分からない状態で、とりあえずこの絵本を選んだ。
初めての読み聞かせに、私の思いを少しタイトルに込めて。
8時10分、担任の先生は職員朝会のため、ひとりで教室に向かうと、
「誰ですか?」
「新しい先生?」
と次々と質問。
“読み聞かせ”初日で、1年生たちもよく分からない状況。
教室の教壇に立つと、
「トイレに行ってもいいですか?」
「お葬式に来てくれた人ですか?」
と次々とやってくる。
みんなが落ち着いて席についたところで、本を読み始める。
時間の都合もあるため、少しテンポを速く読んでいった。
読み始めると、みんな静かにじっと聞いてくれた。
一人だけこの本を持っているという子がいたが、ほとんどの子は初めて出会う本。
アヒルとガチョウがいろんな競争をするが、勝てないアヒルが「うごいたら負け」競争をしようと言い出す。
何があっても動かず、じっと両者が堪えていると、そこにキツネが・・・。
鍋のなかに入れられそうになっても動かなかったガチョウのために、アヒルはキツネに飛びかかって追い払った。
そして、
あひる:「ね、がちょうさん、“うごいたら まけ”きょうそうは あなたの かちだと おもうわ。」
がちょう:「だけどね、あひるさん。ほんとに ほんとのチャンピオンは、きみじゃないかとおもうんだ。」
こんなやりとりがあったが、読み終わった後、
「どっちが本当のチャンピオンだと思う?」
と質問してみると、首をかしげて間を置いて、
「両方!」
と、答えが返ってきた。
少し読む速度が速かった?、ちょっと話の長い絵本だった?と思ったが、みんな絵本のように最後まで身動きひとつせず聞いていた。
『うごいちゃ だめ!』
初めての読み聞かせとしては良かったかな。
来週は2年生。
5月24日(木)
今夜は阿賀の称名寺にて我聞会(若手僧侶の勉強会)の例会。
先月は所用と重なり出席できず、久々の『蓮如上人御一代記聞書』。
今日は(123)(124)の2条を輪読。
(123)すすんで聖教を求め、持っている人の子孫には、仏法に深く帰依する人が出てくるものである。―現代語訳より―
あらかじめ大切な本があるのと、ないのとでは、出発点が違う。
今、いろんな絵本を買い求めているが、息子が時々こそっと読んでいるらしく、感想を聞かせてくれる。
これもひとつのご縁である。
そして、法話では、寺川幽芳氏の法話より『大悲ものうきことなくて』という話を聞かせていただいた。
ある雨の日に飛行機に乗ったときのこと。
離陸前に何気なく窓の外を見ると、すぐ下に整列して手を振ってくれている人たちの姿を見つけた。
それは、それまで忙しく整備をしていた人たちが、ゆっくりと動き出した機体を見上げながら、大きく手を振って見送る姿だった。
その姿は、機内のスクリーンに映し出されることもなく、それまで一度も目にしたことがなかったが、自分の知らないところで、こうして旅の安全を願って見送ってくれている方がいたことに初めて気づかされた。
自分の気づかないところで願われている。
煩悩にまなこさえられて 摂取の光明みざれども
大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり (高僧和讃)
今日も良いご縁をいただいた。