春季彼岸会

3月20日(土)

今日は彼岸の中日。

首都圏では非常事態宣言が明日解除というニュースが流れているけど、まだまだ。。。

このたびの春季彼岸会もおつとめのみ。

とは言っても、せっかくお参りになられる方には何かあった方がいいなと思うので、境内には花手水。
このたびはラナンキュラスで春らしく。

そして、法話の代わりに寺報『念仏日和』特別号を。

 

その中で紹介した「我慢と辛抱」の話。
ネットで少し話題となった磯野貴理子さんが紹介した石倉三郎さんの「我慢と辛抱」の話は、『粋に生きるヒント』(石倉三郎 著・KKロングセラーズ)の中の〈「我慢」は無理だが「辛抱」ならできる〉に。

どうやったら芝居の世界で食えるんですか?なんて野暮な質問をした記者がいたよ。
「どうやったら食えると思う?」
と逆に聞いてやったら、「頑張ること」とその記者氏は言った。頑張るなんて抽象的なこと言うなよ。頑張れって言葉くらい、こんな無責任な言葉はないんだよ。走っている人に頑張れっていうのはわかる。いま走ってるんだから。でも歩いている人に頑張れって、ふつう言うか?言わねぇよなぁ。なにを頑張るんだよ?ってことになっちゃだろう。
 だから己の中で何かにつけて「頑張る」って言うより、辛抱するってことをまず覚えろよ、ってことなんだ。辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、全部辛抱。つまり、辛さを抱くってことだよ。抱きしめるってこったよ。
 これ、似ているけれど「我慢」じゃないんだよ。そこが味噌よ。我慢は、そりゃあなかなかできないよ。あれは難しい。男がどう、女がどう、ってことじゃなくてホモサピエンスってのは我が強いから。我慢は骨が折れるほど難しい。でも、辛抱ならできるだろうよ。なんかわかんねぇけどギュッと抱けばいいんだからさ。
 これは実は例の大僧正の受け売りでな、「おまえ、我慢せぇと言われても人間、我慢はできないんだよ。同じことを、言葉を換えるだけで、辛抱せぇと言われたら辛抱できる」って言うんだよ。「我慢」というとオレだけ?と思うけど、「辛抱」というと皆もやっているのかなってパブリックに思うだろ。言葉のマジックよ。言葉はおもしろい。

 

石倉三郎さんと言えば、コミューンcomuoonアンバサダー。

 

『念佛日和』を余分に用意したけれど、来られなかった方にも届けてくださる方がいるのでほぼ無くなり、少し増版してしばらく本堂に。

ようこそのお参りでした。

明日は広南小学校の卒業式。

 

 

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