3月11日(金)
午後2時46分。
東日本大震災から丸5年。
あの日も寒い金曜日だった。。。
その当時、小学校1年生だった長男がもうすぐ卒業。
そして、次男がただいま1年生。
いろんなことを思いながら、鐘を撞く。
なもあみだぶつ
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
12月19日(土)
『くらしの文集』 記念すべき第60回の表彰式が広市民センターで開かれた。
9月25日付の中国新聞で入賞者が発表されたなか、次男がみごと特選に。
今日は特別賞・特選・入選の児童が集まって表彰式。
特別賞の児童は壇上に。特選・入賞の児童は名前をひとりずつ披露。
特選のトップで名前を呼ばれ、「ハイ!」と元気よく。
受賞作品のタイトルは、『ごめんね、おこりんぼさん』
難聴学級に通い、先生の指導で、ことばの表現力をつけるため、中国新聞の川柳に投稿するように。
春からこれまで、中国新聞の中国俳壇、ニュース575、チューピーこども新聞に、次々と10回掲載。
そして、チューピーこども新聞には、「あげはのようちゅう」と題して、この文集にでてくる「おこりんぼさん」のことも。
お参り先で、たくさんの方から「また載ってましたね。さがして見つけるのを楽しみにしてるんですよ」と、笑顔で声をかけていただく。
みなさん、隅々まで新聞をご覧になって。。。
先生のご指導によるところが大きいのだろうけれど、こころのそのまんまをことばにしてるから伝わるんだろうなぁ。
受賞、おめでとう。
そして、ありがとう。
8月27日(木)
今朝、「10年連れ添った犬が亡くなったのでお参りして欲しい」との依頼を受けてお参りに。
御家族みなさん、きちんと喪服姿。
「こどものように可愛がってましたから。。。」と。
「亡くなる」という表現は、人間の死に対して使う言葉だと聞く。
先日、BSプレミアム『世界ミステリー遺産に挑む』という、俳優の鈴木亮平さんの番組が放映された。
そこで、興味深い話があって、その言葉にひっかかった。
イタリアの隣、スロベニアの養蜂の村を訪れた時、そこの人は昔から蜂と共生していて、蜂が命を終えることを、人間と同じく「umre(ウムレ)」、それ以外の他の動物は「pogine(ポギーネ)」というのだそう。
番組では、ウムレは日本語で「亡くなる」、ポギーネは単に「死ぬ」と。
蜂がこの地方の人たちにとって、いかに大切な存在であるのかと紹介していた。
また、先の日曜日、小学校PTAの七校球技大会というのがあって、今年は広南小学校が担当校。でも、その日は1日法務で応援にも行けないので、前日の準備だけ参加させていただいた。
その会場となった広にある大学の校内で、ふと目に止まったのが、
「実験動物慰霊碑」
調べてみると、ここのように医学や薬学の学部のある日本の学校、研究施設には、「慰霊碑」があり、「慰霊祭」を行っているような紹介がしてあった。
そして、そこにふと変わった石碑の写真を見つけ、よく見てみると、何と国立呉病院にある石碑だということで行ってみた。
駐車場に車を駐め、あちこちと歩き回ったけど、それらしい石碑もなく、駐車場の係の方に尋ねてみると、「私もよく分からないけど、この駐車場のずっと奥にあるのかな。。。」と。
駐車場のずっと奥の建物の横を通っていくと、
ひっそりと、木に埋まるかのようにあった!
「底栗車之塔」
「底栗車」とは、「チリシャ」と発音するそうで、サンスクリット語のTiryagyoniの音写に由来し、「畜生」と訳される。
海軍病院時代に、実験動物を弔うため、昭和9年(1934年)に建てられた碑文だそう。

実験のためとはいえ、命を終えていった動物たちに、その命を敬うこころを現している姿かな。
「亡くなる」と「死ぬ」。
その線引きは、どこだろう。
結局、私との関わりなのかな。。。
私にとって敬う存在。
と、そうでない存在。
何はともあれ、御家族がそろってお念仏に出遇えた。
その「いのち」との大切な出会いに感謝。
今夜は久しぶりに寺の本堂でお通夜。
正信偈を唱えていると、御同行の声と一緒にコオロギや鈴虫の声。
8月6日(木)
暑い暑い一日。
昭和20年8月6日朝8時15分。
広島に一発の原爆が投下されて、ちょうど70年。
毎年8時15分に鐘を撞いておつとめをするのだが、ここ数年は夏休み中の長男が撞いてくれていた。
でも、今年は小学校の登校日と重なったので、久しぶりに私が撞く。
梵鐘に刻まれた「正覚大音 響流十方」の出て来る『讃仏偈』を。
午前中は、特別養護老人ホーム成寿園の追悼法要。
43名の方がこの1年に亡くなれたそうで、90歳以上の方がほとんど。
戦争を直に知っている世代がだんだんと。。。
今夜は広島カープのピースナイター。
監督から選手までみんな「86」の背番号を着けて。
先月このことを知った時、チケットを求めようと思ったら、すでに内野自由席しかなく、一人申し込み。
プレイボール1時間前に着いたのに、すでに自由席はいっぱい。。。
立ったままプレイボールを待っていると、半旗の掲げられたスコアボード前で、大竹市の浄土真宗本願寺派寺院の僧侶でもある二階堂和美さんが、広島・被爆70年PROJECTテーマ曲『伝える花』を披露。
みんな平和を願ってる。
でも、『86』。大きな大きな重圧があったかも。。。
勝ち負けよりも、今日は。。。
試合の途中ではあったけれど、ニュースでしか見たことのないその灯籠流しを見に行くことに。
こちらも人・人・人。
特に外国から来られた方々の姿が。。。
この日を忘れないように。
世のなか安穏なれ 仏法ひろまれ
7月18日(土)
台風11号接近にともない、前日に終業式をすませて、昨日は広南学園臨時休校で夏休みに突入。

このあたりは風はあったものの、雨はそれほど降らずに去っていった。
今夜はマツダスタジアムでオールスターゲームが行われていたけれど、こちらは旧広島市民球場隣の広島市青少年センターホールで開かれた『この世界の片隅に』の制作支援メンバーズミーティングに。

4月に新聞に載っていたこの作品のクラウドファンディングを知って支援メンバーに。
来年秋の公開が決まり、今日は約5分のパイロット版と、出来上がったばかりの「冬の記憶」のシーンをいち早く。
一度観て、片淵須直監督のそのシーンへの思いを聞いて、もう一度。
原作を読んで、印象的だった主人公すずの結婚式のワンシーン。
そこのところを描くのかなぁと思っていたら、監督の口から、「安芸門徒」「仏前結婚」という言葉が。
その他、「盆灯籠」や「仏壇」の話も出てきて。。。
その当時、当たり前のことのようにあった光景を、全く知らないところから描いていくことの大変さを聞かせていただいた。
公開は来年秋。
まだまだ先のことだけど、良い作品となりますよう。
7月1日(水)
今日7月1日は呉空襲から70年目。
小学校の給食には、カンパンとすいとんが出たそう。
安芸教区教務所(広島別院)から教区報『見真』と一緒に折り紙が届いた。
『PEACEおりがみ』
カープ公認。
いろんな取り組みがなされるなか、キッズサンガ部会が、8月21日に「キッズサンガ みんなで楽しむ 寺遊空間×平和時間~平和だからできること~」(仮称)を開催予定。
そのなかで、千羽鶴を完成させて平和公園内の“原爆の子の像”にお供えさせていただこうと企画。
教区内全寺院にそのご案内。
そして、千羽鶴の折り方もカープ坊や。
さっそく、3種類折ってみた。
ちなみに今日から広島別院で、60枚入り200円で求められるとか。
みなさんもぜひご一緒に。
10月13日(月)
今日は体育の日。
ただ、台風19号の影響で、全国でいろいろと不都合が。
今日は寺参りの法事だけだったので、濡れることもなかったが、ちょうど法事が始まった頃から風雨が次第に激しく。
そんななか、ようこそのお参りでした。
昨日は当初の予定では次男の幼稚園の運動会。
今年は年長で、いろいろと参加種目が多く、父親と一緒に出場する騎馬戦も予定されていたので、一日予定を空けていた。
ただ、台風接近により、急遽一日繰り上げて土曜日に開催。
早め早めの行動は正しいことに違いないが、こちらは日曜日に予定を入れなかった分、土曜日は10時、11時、12時、1時、4時と法事の予定が・・・。

息子の姿を見ることは難しいかなと思ったけれど、タイムテーブルを見てみると、法事と法事の間で何とか騎馬戦には行けるかも。
ただ、着替えている時間はないので、白衣に俗袴姿で騎馬戦に。
幼稚園の先生からは、「その格好だったら、誰も取ろうなんてと思いませんよ!」と言われるし、終わった後、息子の同級生からは、「なんでそんなかっこう?」と聞かれたり、後で聞いた話では、「神さまの着物着てる人がいる!」なんて子もいたとか。
騎馬戦には持って来いの衣装だったとは思うけど、最初で最後の出来事かな。
取りもせず、取られもせず、終わったらさっさと次の法事へと。
それはそれは大変だったけど、これもいいご縁に。
明日の夜から報恩講法要。
お誘いあわせてお参りを。
7月22日(火)
中国地方も梅雨明けし、青空のひろがる暑い暑い夏へと突入。
今日は専徳寺前住職一周忌法要。
親戚・親族・総代のみなさんにお集まりいただいての法要を、善通寺御住職を御導師におつとめ。
一周忌の御法事にお参りさせていただく機会は多いが、施主として一周忌のご縁をいただくのは初めて。
今日の御導師の法話にあったように、俯瞰すると見えてくるのかも知れないが、まだまだ1年経ったという実感は湧いてこない。
恐らく、8月15日夜の毎年恒例の戦没者追悼法要をおつとめし、それが終わったときにあの日の夜のことを思い起こすのだろう・・・。
この一周忌を通して、それぞれのお方の父の思い出をチラッと聞かせていただき、これから迎える初めての祥月命日を迎えた時に・・・と。
そう思うと、大切なご縁。
みんな帰ったあと、夜は子どもたちだけの花火大会。