専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
7月31日(金)
午後4時から呉阪急ホテルにて呉東組同朋研修会。
このたびは西光寺坊守 藤瀬佳菜未さまを講師に、
『アウシュビッツ・ビルケナウ ~絶滅収容所とは何か~』
という講題で研修。
今年の2月、安芸教区全戦没者追悼法要並びに原爆忌80周年法要の関連事業として行われた、ポーランド・アウシュビッツ強制収容所の見学に、呉東組内からただ一人参加された坊守さまより、その時に撮られた動画などをもとに詳しく話を聞かせていただいた。
「百聞は一見にしかず」
3時間超の『シンドラーのリスト』を前日に観て臨んだので、映画のワンシーン、ワンシーンを思い浮かべながら。
「無知と無関心が平和の敵」
過去に学び、未来に向けて。
そのあと、ビアガーデンで小さなお子さまも一緒に懇親会。
とにかく暑い。。。
それから、専徳寺駐車場が利用出来るように。
先日、仲睦まじく過ごしていたキジバトが、翌日より姿を見せなくなった。
これまで巣のまわりには近づかないようにしていたけれど、巣の下に卵の殻が落ちていた。
何かあったのかな。。。
7月25日(土)
連日の猛暑。
それでも、朝の蓮とキジバトに元気をもらって。
今日は9時から寺での法事、10時、11時とご自宅での法事、12時から再び寺での法事。
そして、13時からお葬式。
お葬式を済ませ、帰宅する時間はないので、葬儀会館で着替えて新日本造機ホールへ。
呉市立美術館で本日より開催の『五味太郎 絵本クロニクル展』のオープニングイベント、「五味太郎さんのトークショー」が14時より。
開始5分前に到着し、発券して2分前に何とか着席。
さすがに、すでに100名限定のサイン会の整理券はない。
トークショーでは、途中から呉出身の絵本作家、長田新作さんも交えて。
五味太郎さんは、絵本の読み聞かせには反対だそう。
それは、子どもは絵の文脈読解に長け、大人の文字偏重は絵本理解を外しているからだと。
なるほど。
五味太郎さんの絵本は、小学校での読み聞かせでは一度も読んだことがない。
子どもたちが小さかった頃には、『きんぎょがにげた』を何度も何度も。
ふと、そんなことを思い出しながら。
観客からの質問で、「死生観」に触れられた。
「死は他人事」。
フランスのマルセル・デュシャンの話をされた。墓標に「死ぬのはいつも他人ばかり」と刻まれているそう。
そして、先日亡くなられた『こんとあき』の林明子さんについても。
帰宅して朝日新聞を見返して、今日の話からすると「尊敬」ではなく「敬愛」かな。
何はともあれ、エネルギッシュなトークショー。
7月21日(火)
今日も暑い。。。
この3連休、土曜日の朝キジバトの巣に姿を見かけて以来しばらく見なかったので、あまりの暑さに巣をあきらめた?と思っていたら、今朝は巣に戻ってきていた。
午後から中通のせんとく幼稚園の起工式に。
専徳寺の旧本堂を解体し、そこに新しい園舎を建てるそう。
初めての起工式導師。
昭和60年の屋根の修復をするときに、上棟式があったのは、撮影係としてうろ覚え。
今日は用意していただいた式次第に則っておつとめさせていただく。
三奉請
表白
讃仏偈
御文章
法話
そのあとでみなさん焼香し、鎌、鍬、鋤で「エイ、エイ、エイ」と鍬入れ式。
業者の方にとっては大切な儀式なのでしょう。
しばらく暑い中での作業、無事完成しますように。

7月13日(月)
朝から汗がしたたる夏空。
今朝は広南小学校読み聞かせ。
担当は4年生。
読んだ絵本は、
『だれのせい?』(作 ダビデ・カリ 絵 レジーナ・ルック-トゥーンペレ)
『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリさん翻訳。
気高いクマの兵士は、自慢の剣で何でもかんでも、森中の木までも切り刻んでいった。
あるとき、自分の砦が水で流され、「オレさまのとりでをこわしたやつを まっぷたつに きってやる!」と意気込んで森の中に入っていったお話から。
物語の中に「バビルサ」という動物が登場する。
バビルサ?って。
読んでいて気になって調べたら、インドネシアの一部に生息するイノシシの仲間だそうで、牙が大きく湾曲して、自分の頭の方向に向かって一生伸びるため、いずれは自分の頭を牙が貫通するのでは?と言うことから、「自分の死を見つめる動物」とも呼ばれているそう。
ちょっとそんな話も紹介すると、そこに興味を持ってくれたみたい。
「こけたりぶつかったりしたら自分に突き刺さっちゃう?」
「何でイタリアの絵本作家がインドネシアのバビルサを?」と。
裏表紙に記された「すべては思っていたとおり、とはいきません」。
そして、帯に書かれた
戦争が起これば、その原因は自分たちの言うことを聞かない相手のせい。
環境破壊の問題も、それを仕組んだ誰かのせい。
なにもかもが、誰かのせい。自我や名誉という驕りを捨てる勇気を持ったクマの兵士が、
小さな小鳥を愛おしそうに抱いている姿の凜々しくも優しい姿には、つい
「私たちの世の中も
こんなだったらいいのに」
という思いがつのります。(訳者あとがきより)
何かを感じるきっかけとなれば。