専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
5月10日(月)
今日は快晴。
「五月晴れ」とは本来旧暦の5月、梅雨時季に見られる晴れ間を言うそう。
ただ、週間天気予報を見ると、明後日から2週間ほど連日☂マーク。。。
予報では今年の梅雨入りは6月6日頃となっているけど、早くも梅雨入り?
今日から愛鳥週間。
裏の竹藪から何故かこのあたりでは聞き馴れないオオヨシキリの声がずっと聞こえてくる。
「ギョギョシ、ギョギョシ」と。
小林一茶は、
行々子 口から先へ 生れたか (八番日記)
たしなめよ 口がすぐるぞ 行々子 (同)
よし切や 一本竹の てつぺんに (文政句帖)
その他、オオヨシキリの俳句をたくさん詠んでいる。
この時期、もう少ししたら聞こえてくるであろうホトトギスの声も引っ切りなしだけど、こちらの声もすごい。
今日は午後から呉東組聞名講が安登浄念寺にて。
広島県で新型コロナウィルス感染拡大防止集中対策が5月8日から6月1日までと先週末に発表されたけど、少人数で、おつとめを正信偈から讃仏偈に変更し、御法話と御示談もそれぞれ時間短縮して。
御示談では、
浄土真宗のみ教え
南無阿弥陀仏
「われにまかせよ そのまま救う」の 弥陀のよび声
私の煩悩と仏のさとりは 本来一つゆえ
「そのまま救う」が 弥陀のよび声
ありがとう といただいて
この愚身(み)をまかす このままで
救い取られる 自然の浄土
仏恩報謝の お念仏み教えを依りどころに生きる者となり
少しずつ 執われの心を離れます
生かされていることに 感謝して
むさぼり いかりに流されず
穏やかな顔と 優しい言葉
喜びも 悲しみも 分かち合い
日々に 精一杯つとめます上記の「浄土真宗のみ教え」は、今年春の本山の法要において、ご門主がご親教で次の世代の方々にご法義がわかりやすく伝わるよう、その肝要を味わいとして述べられ唱和を呼びかけられたものです。
これは、ご門主の取り組みですが、私たち門信徒は、平生聞かせていただいたご法義をどう次世代に繋げば良いと思いますか?
との役員さん作成の質問への回答より。
「私が正しくおみのりをいただき喜ぶ身にさせていただくことが肝要」とか、「まず我が家の子供らに普段から仏法の話をしてやり、相続させるように心がけたい」との回答。
また、この質問を考えるに当たって、『見真』5月号の〈法味愛楽〉に掲載された遺言を是非紹介したいと。
大変出にくい中をようこそお参りくださいました。
夕方、キジバトの姿を見ようと思ったら、巣に姿がない!?
今朝は巣にいるのを見たのに。。。
心配なので、そーっと巣を撮ってみると、
白い卵が2つ。
帰って来るといいな。。。
5月6日(木)
ゴールデンウィークが明けて、今日は青空の広がる汗ばむ陽気。
薄墨桜の葉がますます生い茂り、枝が伸び盛り。
あまりにも元気が良すぎて。。。
ただ、
”桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿”
と言う言葉があるそうで、サクラは放っておくしかなさそう。
ちなみに、昨年桜を植えた頃の写真が↑。
根元にスナゴケを植えたけど、冬まで大丈夫だったのに、冬に何度も何度も掘り返されてグチャグチャにされたので、今しばらく手付かず状態。
その代わり、桜のまわりのユキヤナギは青々と順調に。
来年の春には石垣の下からも見えるくらいになっているかな。
今日、連休中に注文していた苗が届いた。
日当たりの良すぎるこの場所。
植物は程よい日陰も必要みたいで、なかなか難しい。
比較的丈夫そうな宿根草を選んで、西日の当たらない西側に。
夏から秋に向けて、どんなふうに姿を変えるか楽しみ。
選ぶ基準は、季節を感じることのできる植物。
今回届いた苗に、花をつけたかわいい姿も。
チョウジソウ(丁字草)
リンドウ目キョウチクトウ科。
何と、野生のものは準絶滅危惧種になっているとか。
初夏の季語。
もう初夏。。。
先月花の終わったオキナグサはご覧のとおり。
これはこれで何とも。
ここで四季と光と風、そしていのちを。
4月30日(金)
今日は広南中学校、今年度初めての参観日、その前にPTA総会。
1年生、入学式の凜々しい制服姿が約1ヶ月経ってさまになってきた。
参観日は理科の時間。
花の観察。
今年度から導入された生徒一人につき各一台のiPadを使って、写真を撮ったり、ルーペで見たり。
法務のため、さわりをちょっとだけ参観。
一昨日から昨日の雨で、境内のヒマラヤスギの住民たちは大丈夫かなと心配だったけど、今朝高層階に住んでるカワラヒワの元気そうな声が聞こえてきた。
低層階に住んでるキジバトは、雨の中でもじっと卵を温め、今日もじっと。
もう2週間ほどになるので、そろそろ孵るかな?
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そういえば、専徳寺の山門には鳩瓦。
鳩瓦の由来を調べてみたら、
鳩に三枝の礼あり 烏に反哺の孝あり
という諺があるそう。
ハトは育ててくれた親の恩に報いるために三本下の枝に止まり、カラスは育ててくれた親の恩に報いるために老いた親鳥に口移しで食べさせる。
親孝行の意味があるのだそう。
他にも、キジバトは夕方から朝までメス、朝から夕方までオスが卵を抱いて温める。
そんなところから夫婦和合という意味もあるとか。
ちなみにハトが「平和の象徴」と言うのは、旧約聖書のノアの箱舟に由来。
「平和の象徴」というと、ハトよりもおりづるをイメージするかな。
明日からいよいよ5月。
4月27日(火)
先日、電話で「16年いっしょに過ごしてきたチワワが先月亡くなり、すぐに火葬したけれど、昨年弟を亡くした時よりも悲しみが大きく、1ヶ月経っても辛いので、お寺に参ってお経さんいただいてもよろしいですか?」とお尋ねになられたので、どうぞお参りくださいと今日お参りに。
ペットロス症候群
私がこのペットロスに感心を持ったのが1990年代。
本願寺の宗学院に通っていた頃。
石泉僧叡和上のご縁で、江戸宗学を学んでいた。
江戸時代、本願寺派では三業惑乱という大きな論争が起こった。
その頃、「小児往生」という問題も100年ほど議論された。
その小児往生のことを調べていたときに、大谷派の慧琳著『真宗帯佩記』の「小児往生」に続いて、「畜類葬送之事」と題した一節を読んだ。
ちょうどその頃、アニマルセラピー(アニマルアシステッドセラピー)に興味を持っていろいろ調べていたところ、ペットロスについてテレビのドキュメンタリーが放送されたこともあり、そちらも感心を持って、手当たり次第に本を読んでいくうち、キリスト教文化圏の海外ではペットロスについては宗教が介入することなく、獣医師がケアするケースが多いけれど、日本の生命観は違うので、宗教者にそれを求めたいとの趣旨を目にし、それでペットロスをテーマに論文を。
ペットを六道、三悪道の中の畜生と見るのか、それとも衆生(有情)と見るのか。
はたまた、ペット(愛玩動物)でなく、コンパニオンアニマル(伴侶)。家族の一員とみなしている場合も多いので、それによっても答えは違ってくるし、好きか嫌いかによっても答えが違ってくる。
その答えが違うというところが、この問題を複雑にしてしまう。
ただ、私がお聞かせいただいているのは、阿弥陀さまは十方の衆生をもらさず救うと願いを建ててくださったこと。
妙好人 因幡の源左同行は、いくらお聞かせいただいてもさっぱり分からなかったみ教えが、牛の背に草を負わせているときに、
ふいつと分らしてもらったいな。牛や、われが負ふてごせつだけ、これがお他力だわいやあ。あゝ、お親さんの御縁はこゝかいなあ、おらあその時にや、うれしいてやあ。
(『妙好人 因幡の源左』(柳 宗悦・衣笠一省編)
と、牛をご縁にご信心をいただかれた。
何がご縁となるか分からない。
チワワをご縁に今日お念仏に出遇われたのなら、きっとまたお浄土で。