呉東組聞名講 11月例会

11月10日(月)

今日は多忙な一日。

朝読み聞かせに行き、帰宅すると通り報恩講で広商店街。

昼過ぎまであちこちと休みなく歩き回りおつとめ。

昼食をササッと済ませて呉東組聞名講が川尻光明寺にて。

昨日は雨だったけど、今日はお天気も良く。

 

昨年までは10月に開催されていた例会。

奇数月に開催しているのに、秋だけ10月。
恐らく以前は現在の13:30~16:00ではなく、午前・午後とほぼ一日がかりで例会が行われていたので、通り報恩講の時期を避けるために10月になったのだろう。
でも、昨年は暑くて聞名講の冬用衣体を着用して報恩講をお参りするのは如何なものかと話が出て、今年から11月に。

 

御示談は、今日は事前の質問用紙がなかったけれど、お一方「浄土へ往生しても、500年の間修行するのでしょうか?」との質問より。

 

こちらで一度見せていただきたかったものを見せていただいた。

以前テレビで紹介されているのを見て、いつか見せていただこうと思っていた梵鐘。

この梵鐘はコンクリート製。

戦時中、梵鐘など仏具類すべて供出。

鐘楼を維持するために重りとなるコンクリート製梵鐘を当時設置していたそう。

今から10年前、戦後70年の頃にいろいろと話が出てくる中で、コンクリート製の鐘の話を聞いてはいたが、近くに遺っていたとは。

戦後80年のご縁に。

 

専徳寺の梵鐘も供出され、昭和28年に再び迎えた。
たくさんの稚児行列で、

広駅から牛に曳かれて運ばれた記録写真だけが残る。

それまでどうしていたのだろう。。。とふと。

 

ようこそのお参りでした。

 

 

2025年11月10日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

広南小学校読み聞かせ(230)

11月10日(月)

今朝は広南小学校読み聞かせ。

担当は2年生。

読んだ絵本は、

『ありがとう』 (いもとようこ)

この季節にピッタリかなと思いながら。

あとがきに

この『ありがとう』の絵本を描きながら、私は考えていました。
この私があるのも、両親が私を生んでくれたから存在しているのであって、決して自分の力で生まれたわけじゃない。
私の両親も、そのまた両親が生んでくれたから存在しているのであって・・・・・・
今あるもの、今存在するものは突然存在したものは皆無といってもいいでしょう。
今、私が描いている「りすの絵」も私個人が創り出した絵と思っているのは大間違いで、私がこれまでに出会った先人の絵や写真を無意識のうちにとりいれて私は描いているのだと思います。
だから何一つ自分一人で生みだしたものは、ないのではないでしょうか?
ただ、過去、現在、未来の流れの中で、一瞬である現在に関われることに感謝したい。 いもとようこ

そんな思いから生まれた絵本。

「読んだことある人!」と尋ねたら、半数くらいが手を挙げてくれた。

読み終わって、感想を聞くと、一番最後のシーン

はるになったら
 こどもたちが うえた どんぐりの めが
  げんきに でていることでしょう・・・・・・。

「植えたどんぐりがそのあとどうなったか知りたいと思いました」と。

「どうなったと思う?」と尋ねると、みんな「元気に育っていると思う」と。

 

過去、現在、未来の流れの中で、一瞬である現在に関われたことに「ありがとう」。

2025年11月10日 | カテゴリー : 絵本 | 投稿者 : sentoku