皆既月食

12月10日(土)

今夜は皆既月食。

専徳寺境内の親鸞聖人像の前で約2時間、ダウンジャケットに手袋・マフラーと防寒対策をしっかりして鑑賞。

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カメラで皆既月食の模様を撮影しようと試みるも、うまくいかず。

そこで、ビデオで撮影して静止画保存することに。

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午後10時前に欠け初め、

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欠けた瞬間、雲に覆われてしばらく見えなくなる。

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その後、雲から出てきたら、皆既月食の赤い月。

また戻っていく様子を見ようと思ったが、再び雲隠れ。

 

今年は各地で天変地異。
大変な一年であったが、最後は皆既月食で締めくくり。

 

きれいな星空と皆既月食を眺めながら、

月影の至らぬ里はなけれども 眺むる人のこころにぞ住む

法然聖人の歌がふと心に浮かぶ。
 

親鸞聖人750回大遠忌、法然聖人800回大遠忌の年にまたひとつ不思議な御縁をいただいた。

2011年12月11日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

むくり屋根

12月5日(月)

今週は胡子・明神地区の報恩講で、今日は胡子。

 

東京国立博物館で開かれていた特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」が昨日4日に閉幕。

入場者が21万人を超えたそう。(朝日新聞) 

ちなみに京都で開かれた「親鸞展」は18万人。(真宗教団連合)

初めての合同展ではあったが、残念ながらこの時期に東京までは・・・。

 

大遠忌を記念した行事が一つずつ終わっていくが、記念の出版物はまだまだしばらくありそう。
注文しておいたDVDが届いた。

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大遠忌を記念して製作されたDVD『飛雲閣』。

改めて飛雲閣を見て、金閣や銀閣とは違う美しさを感じた。

唐破風と入母屋が左右非対称に作られており、外側にふくらんだむくり屋根もあって、いろんな様式の屋根が混在している。
また、いろいろと謎の多い建造物だとか。

 

専徳寺の向拝も唐破風。そして大屋根には珍しいむくり屋根。

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いつも見上げる屋根しか見ないが、お参り先からたまにこうして見ると、ひと味違って見えるもの。

 

2011年12月5日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

盆の花

8月16日(火)

咲いた 咲いた 盆の花

花は花でも、色とりどりの盆灯籠。

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今年もたくさんの盆灯籠が立てられた。

安芸の国の風物詩となったこの盆灯籠。
コンビニをはじめ、いたるところに並んでいる。

そのはじまりは、江戸時代。
亡くなった娘のために石灯籠を立ててやりたいと思った父親が、そのお金がなかったため、竹をそいで紙を貼り、それを灯籠として供えたことにはじまるといわれる。
(『浄土真宗 仏事あれこれ小百科 ―本願寺派安芸教区―』より)

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初盆は白い灯籠。
これも本来決まりはないが、いつの頃かそんな風に。

日本全国、その地方によってお盆の迎え方にはいろいろあるが、なかなか普段手を合わせることがなくなってきたこの時代に、せめてお盆・お彼岸、ご縁にあって欲しい。

お盆も今日で一段落。
盂蘭盆会法座が18日の夜席から。

それで今夜はもう一つの花が咲いた。

花火。

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夏といえば花火。
今年は震災の影響で関東を中心に花火大会が中止されたとか、被災地で復興を願って花火大会が行われたとか、花火が注目された。

ただ、この花火業界もなかなか厳しいらしい。
線香花火も中国製におされ、三河・北九州・信州といった線香花火の産地から一度は姿を消したそう。
それでも、再び復活。

そんな日本の花火を少しでも応援しようと、今年は国産線香花火をお取り寄せ。

値段の安さでは到底輸入品にはかなわないが、そこは職人の技。

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でも、子どもたちには線香花火よりも派手な花火の方が好まれる・・・。

また今度ゆっくりと楽しみたい。

戦没者追悼法要

8月15日(月)

今日は終戦記念日。

毎年この終戦記念日には、夜7時30分より入江神社境内の忠魂碑の前に御本尊を荘厳して、お隣の住蓮寺さんと追悼法要をおつとめする。

長浜・津久茂の日露戦争以来の戦没者追悼法要。
神社の境内で正信偈をみなさんとおつとめ。
追悼法要が終わると、盆踊り。

盆踊りは明日までの2日間。

祭に追悼法要に盆踊り。
これが長浜のお盆である。

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戦争といえば、平成18年(2006)6月、呉東組団体参拝で鹿児島のかくれ念仏を訪ねに行った時、最後に知覧特攻平和会館を訪れたことを思い出す。

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そこで案内してくださった方が、一通の手紙を紹介。

石川県七尾 石倉三郎さんの母から息子への手紙。

ばくだんをかかえてゆくときは、かならずわすれまいぞ。
南無阿弥陀仏をとなえておくれ。これが母のたのみである。
これをわすれないでいてくれたら母はこの世に心配ごとはない。
わすれないでとなえておくれ。
こんど合うときはアミダさまの所で合うではないか。
これがなによりの母のたのしみである。
わすれてはならないぞ。
てきかんめがけて飛んでいく時は、後生の一大事を心にかけて、「南無阿弥陀仏」とお念仏をもうしていけよ。

特攻機でお国のためにと尊いいのちを投げ出す決意の息子に対し、「無事、帰って来いよ」と口にすることの出来ない時代。
これが親として、精一杯のことばだったに違いない。

でも、この親子には「南無阿弥陀仏」があった。

今日は政府主催の全国戦没者追悼式があり、

戦争の犠牲となった約310万人の冥福を祈るとともに、東日本大震災からの復興を願った。

と新聞に紹介されている。
66回目の終戦記念日を迎えても、いまだに冥福を祈る・・・。

66回目の終戦記念日にふと思う。