専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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1月23日(月)
10数年に一度の最強寒波がやってくるとのニュース。
そんな中、今日は朝から京都本願寺へ。
このたび、呉東組聞名講が御巧御消息をいただくことに。
その授与式が行われるため、聞名講講長、役員、組内法中より副組長、聞名講担当の私、計4名が上山。
コロナ禍で3年ぶり、2020年1月19日に日帰りで行って以来の京都へ。
昼前につき、まずは大谷本廟へ。
前回初めて花噴水を見て、そのあと専徳寺でも「花手水」を取り入れるようになったけど、あれ?何だか違った感じに。
そして、納骨堂のエレベーター横に貼り紙が。
3年も経つと、いろいろと。。。
昼食を済ませ、午後2時より本願寺安穏殿にて拝受式。
黒田正宣副執行長より、御消息披露があり、
聞名講講長が拝受。
その後、副執行長より挨拶をいただき、
記念撮影。
近々本願寺新報にも掲載予定だそう。
今年で145年の呉東組聞名講では、これまで2度御消息をいただいている。
広村が模範村となった後と、100周年記念に即如上人より。
その御消息をこれまで例会ごとに会所住職が拝読してきた。
これからこの御消息を拝読させていただくのかな。
ただ、この巻物状態ではなかなか。。。
終わった後、せっかくなので阿弥陀堂を参拝し、きれいになった唐門へ(裏側)。
以前は台所門から出入り出来ていたけれど、本願寺幼稚園関係者以外は通れなくなっていたので、一度門の外へ出て、そして表側に。
昨年仏教壮年会の例会で取り上げた麒麟も。
そして、そのあと一番驚いたのは、
本願寺の南側にある興正寺。
七条通沿いにあった興正会館がなくなってる。。。
京都にいた頃にいろんなことでお世話になった興正会館。
なくなって、見晴らしはよくなっているけれど。。。
京都駅のホーム。
浄土宗は来年開宗850年だそう。
たった3年。それでも、浦島太郎状態。。。
なかなか遇うことの出来ないご縁に遇え、穏やかな一日でただただお念仏。
1月20日(金)
今日は朝9時に焼山の葬儀会館にてお葬式。
そして一度戻り法事を済ませて、再び焼山で還骨。
急いで食事を済ませ、何とかギリギリ聞名講へ。
今年初めての呉東組聞名講が、広法謙寺にて。
今日の御示談では、先日の臨時役員会で、御正忌御満座に示される『新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)についての消息』について取り上げたいと聞いていたので、『本願寺新報』号外と、2021年の〈「浄土真宗のみ教え」についてのご親教〉を本願寺Webサイトよりコピーして臨む。
まずは「ご親教」と「御消息」の違いから解説し、そして、「浄土真宗のみ教え」から「新しい領解文」へと。
とは言え、まだ最近のこと過ぎて、資料も何も出ていないため、推測でしか語れない。。。
とりあえず、聞名講の〆の「領解出言」は、「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて」と、従来通りとすることに。
新しいことはなかなか。。。
週明け、本願寺で呉東組聞名講が『御匠御消息』なるものを拝受することになり、法中代表の一人として上山予定。
ようこそのお参りでした。
1月16日(月)
御正忌報恩講。
今日の朝席で御満座。
昨日に引き続いて、「つなぐご縁」をテーマに。
先日の小坪説教所での報恩講と同じく、『つららのぼうや』の話から。
また後日、門信徒会より『念佛日和』としてお配りしていただくことになるので、お参り出来なかった方はどうぞそちらで。
このたびはおぜんざいのパックをおみやげに。
ようこそのお参りでした。
そして、今日は本願寺でも御正忌御満座。
『新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)についての消息』が示されたそう。
(本願寺新報号外はこちら→本願寺新報)
先日の呉東組聞名講臨時役員会で、次回の御示談はこの新しい領解文のことをみなさんとご一緒にと言うことだったので、どんなご意見をいただけるかな?
新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)南無阿弥陀仏「われにまかせよ そのまま救う」の 弥陀のよび声私の煩悩と仏のさとりは 本来一つゆえ「そのまま救う」が 弥陀のよび声ありがとう といただいてこの愚身をまかす このままで救い取られる 自然の浄土仏恩報謝の お念仏これもひとえに宗祖親鸞聖人と法灯を伝承された 歴代宗主の尊いお導きに よるものですみ教えを依りどころに生きる者 となり少しずつ 執われの心を 離れます生かされていることに 感謝してむさぼり いかりに 流されず穏やかな顔と 優しい言葉喜びも 悲しみも 分かち合い日々に 精一杯 つとめます
1月15日(日)
3年前の1月15日に新型コロナウィルスの国内感染者第1例目。
あれから3年、現在第8波。
いまだに収束の気配が見られない。
そんな中、本日より御正忌報恩講。
御正忌は例年通り住職自勤。
今年は今日の昼席と明日の朝席の2席のみ。
折角なので、初めて記念輪袈裟を着けて。
このたびは『念佛日和』に法話を書いてお配りし、その内容に沿いながら法話を。
このコロナ禍で、まず文章にしてお配りし、それに沿って話をする方法を始めた。
マスクで聞きづらいと言うこともあるし、マスクで集中力が低下しているかなとも思うので、文字と声の両方で伝えることに。
デジタル派はまだまだ少数なので、こうしたアナログな方法が一番いいのかも。
この世のことは 何事も何事も 念仏の助縁
先日の小坪説教所での話を修正して、親と子の話を「つなぐご縁」をテーマに。
ようこそのお参りでした。
明日は朝9時より。
1月11日(水)
小坪説教所の御正忌報恩講、朝席で御満座。
1年ぶりに『つららのぼうや』を読む。
ちょっと絵本としては長いのだけれど、一年前に小学校の絵本の読み聞かせでこの本を読み、学年末のお礼の手紙にこの本が一番印象に残っていると書いてくれた子が多かったことを思い出しながら。
原作者は青木新門さん。
「青木新門さんってご存じですか?」
と聞いても、誰も。。。
映画『おくりびと』の原作として知られる『納棺夫日記』を書かれた方ですと言うと、「あ~」と。
昨年の8月6日にお亡くなりになった。
以前講演を聞かせいただいた時のぶろぐを読み返すと、『おくりびと』の映画から原作者として名前を出すのを辞退された経緯をお話されていた。
辞退された理由の一つは、外のインタビューでもよくお話されていたように、映画の脚本をいただいた時、自分が大切に書いた最後の章、第三章の宗教的な部分がすべて削られていたこと。
それともう一つ。
講演の中では、その舞台が山形で富山ではなかったことと言う話もされていた。
浄土真宗の御法義地、富山だからこそ親鸞聖人のみ教えに出遇えた。
だからこそ、富山で撮影していただきたかったと。
土徳
たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。
ここに生まれ、お念仏をいただいたご縁を大切に。
ようこそのお参りでした。
昨日、お寺で五十回忌の御法事があった。
「五十回忌の次は?」と聞かれ、「五十回忌の次は百回忌ですが、百回忌に生前の姿を知る人がご縁に遇うことはなかなかないので、五十回忌が最後の御法事としてつとめられるところが多いです」と答えた。
そして今日。そのお宅のお父様が亡くなられ、今日お通夜。
「昨日に続いてありがとうございます」と。
いのちのバトンタッチ。
青木新門さんがお話をされた時の講題だ。
お念仏のご縁がちゃんと受け継がれたのかな。