専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
5月13日(金)
明日はいよいよ隣寺の住蓮寺住職継職奉告法要。
当山専徳寺が稚児宿となっており、明日は午前10時半から稚児宿法要が本堂で行われたあと、広南小学校へ移動して、住蓮寺へと賑やかに稚児行列。
そして、お昼をはさんで、午後から法要。
今日はその準備。
外陣の椅子を撤去して、広くなったところに座布団を並べ、
お内陣は、
紅白の仏華でお祝い。
明日の天気予報は快晴。 良いご縁となりますよう。
そして、今日の夕方、広島テレビの『テレビ派』の特集「難聴者支援 注目のスピーカー」の放送に次男の姿。
先日小学校で撮影が行われたそうで、実際の姿は今日の放送で初めて観ることに。
いろんなご縁をいただいて、一昨年この“コミューン”というスピーカーに出会った。
そのうち、充電式で携帯できるようになると思うので、そうなればお参り先にも持参できる日もやって来るかなぁと。
以前お参り先で、おつとめし、法話をしている間、ずっと静かに頷いていたご門徒さんが帰り際、「ご院さん、もういくら大きな声出されても、聞こえんようになってますわ」と一言。
これを使えば、大きな声は必要なく、聞こえる声を届けることが可能になるかも。
すでに銀行の窓口や役所の受付などで導入されているところもある。
宗門での利用も検討されるといいな。
今日のニュースで、難聴に対する理解が広まっていきますよう。
5月9日(月)
雨で肌寒い。
大型連休も終わり、今朝は広南小学校読み聞かせ。
担当は6年生。 読んだ本は、
『ふしぎなともだち』 (たじまゆきひこ作)
先週読んだ『そうべえ ごくらくへゆく』の作者たじまゆきひこ(田島征彦)さん。
田島征三(たしませいぞう)という絵本作家と名前があまりにも似ていると思ったら、双子の兄弟だそう。
しかも、たじまさんの作品は染色による絵本。
昨年の日本絵本賞の大賞に選ばれたこの『ふしぎなともだち』は、自閉症のともだち“やっくん”との交流を描いた絵本。
みんな、シーンと聞き入って。。。
絵本の帯に、
子どもの時間に、自分と違った人とふれあうことが「共に生きる」の基本となります。
「変だね、ちょっとふしぎ」それでいいのです。
「ふしぎだけど友だち」と感心をもち、「どうしてだろう」と想像力を働かせてつきあうことが、かかわる人の、豊かな感性を育み、深く広い価値観をもつ大人へと成長させてくれます。
まさに、絵本のなかの、やっくんとそのクラスメイトのように。「共に生きる」共生社会の実現は、「共に遊び、共に学び」の延長線上にあると思います。
―「絵本のたから箱」より
社会福祉法人あおぞら共生会副理事長 明石洋子
と。 楽しいだけでなく、時にはこんなすてきな絵本も。
5月8日(日)
今夜は仏教壮年会の5月例会。
今日のテーマは、「母の日」ということもあり、母にまつわる話も入れて。。。
以前、法座で聞かせていただいたアインシュタインが来日した時の話より。 アインシュタインが大正11年に来日したとき、仏教について話を聞きたいと、大谷派の近角常観と対談されたそう。
「仏さまとはどんなお方ですか?」との問いに、姥捨山の話をして、「この母の姿こそ、仏さまの姿であります」と説かれたと。 自分のことよりも、我が子を思う親心を仏さまの慈悲の心に喩えられたことで、アインシュタインは大変感動されたというお話。
でも、親鸞聖人は『歎異抄』の中で、
今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。
と述べ、また、ご和讃にも、
小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもふまじ 如来の願船 いまさずば いかでか苦海わたるべき
と、私たちにはその小さな慈悲の心さえもないとお示しになられている。 それについて、先日面白いことを見つけた。 広島カープの新井選手が2000本安打を達成したとき、達川光男さんが記事の中で、
努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力をしている。
という言葉を紹介しているのを見て、どなたの言葉だろうと調べてみた。
すると、この言葉はベートーベンの言葉だということが分かったのだが、その時、他の人の「努力」に対するいろいろな名言を紹介しているものを目にした。
そこにあった明石家さんまさんがラジオで話された言葉が目に止まった。
好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返りを求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね。 (2014年6月7日放送『MBSヤングタウン土曜日)
これは「努力は報われる」ということに対して持論を述べたものだけど、何だかこの「慈悲」のこととも通じてるかな。
腹が立つ、見返りを求める。
それが私たちの心。
そう思うと、「好きだからやってるだけ」。
阿弥陀さまの願いが届いてるから、何の見返りもいらない。
「好きだからやってるだけ」が私たちの今できることかなと。
ようこそのお参りでした。