専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
1月17日(木)
午後2時より石泉文庫にて消防訓練。
1月26日が59回文化財防火デー。
呉市内6ヶ所のうち、石泉文庫がトップを。
1月17日(木) 石泉文庫及び塾・僧叡の墓 (県史跡)
1月19日(土) 桂濱神社 (国重文)
1月20日(日) 多賀雄神社 (呉市有形文化財)
1月25日(金) 旧呉鎮守府司令長官官舎 (国重文)
1月26日(土) 向日原神社 (呉市有形文化財)
1月27日(日) 豊町御手洗地区 (国重要伝統的建造物群保存地区)
昨年、雨で中止となり、2年ぶりの開催。

いつもは地域の方を中心に開催されていたが、このたびは広南小学校3年生も参加。
スモークが焚かれ、石泉文庫から出火。
連絡を受けた消防士が到着するまで、地域の方による初期消火。

消防車が到着するも、細い道のため、専徳寺や住蓮寺辺りの消火栓から石泉文庫までホースを延長して消火活動。
無事、消火活動終了し、場所を専徳寺境内へ移して、消火器の使い方などの講習。
小学生は、ちょうど今、社会科で習っている呉市山林火災(大張矢山林火災)当時の話を聞かせていただく。
そして、消火器の使い方について。

消火器は、何と15秒しか使えない。
慌ててしまうと、たいへん。
やっぱり、日頃からの心がけが大切。
その前に、まずは「火事だ!」「○○さん!通報お願いします!」と、まわりの人に伝えることが大切ということを学ぶ。
小学生も一緒に参加しての消防訓練。
この文化財防火デーは、単に訓練だけでなく、広報も大切な一つ。
広くみんなに知っていただくこと。
そういった意味では、有意義な消防訓練に。
また、みんな他の興味も出てきた模様。
石泉文庫の中を見てみたい。宇都宮黙霖さんのことを知りたいと。
地域のことに興味を持ち、そして大切にするこころを。
今日は子どもたちを通して、いろんなことを学んだ。
1月16日(水)
晴れてはいるが、冷たい朝。
今日の朝席で、当山専徳寺の御正忌報恩講も御満座。
親鸞聖人のご命日。
何とか声も持ちこたえ、終えることが出来た。
これで、秋のお彼岸明けから1年の3分の1を費やして続いてきた報恩講が、おかげさまで一段落。
ホッと一息つきたいところだが、そんなときに襲ったのが阪神淡路大震災(1995)。
御正忌明けの1月17日の朝を思い出す。
明日は石泉文庫の防災訓練。
1月26日が第59回文化財防火デー。
それに先だって、呉市では一番最初に開かれる防火訓練。
今回、初めて広南小学校の3年生が参加。
ちょうど社会科で、昭和46年(1971)4月27日に発生した呉市山林火災(大張矢山林火災)のことを勉強中。
長浜の方を含む18名の消防士が亡くなられた、戦後史上もっとも痛ましい山林火災。
そのことを学んでいる児童たちが、明日の訓練に参加される消防士の方々の姿をどのように感じるのだろう。
ご用心、ご用心。何ごともご用心。
1月15日(火)
今日はおたんや。
「おたんや」とは、「大逮夜(おおたいや)」が訛ったことば。
「逮夜」とは、もともと亡くなった日(命日)の前夜を指すようだが、親鸞聖人の月命日(毎月16日)の前夜を「逮夜」、祥月命日(1月16日)の前夜を「大逮夜」と呼ぶようになったところから、「おたんや」と呼ばれるように。
夜席には、大晦日に使った蓮のキャンドルを親鸞聖人像の前にお供え。
このたびのご縁で拝読している『御俗姓』に説かれている
かの御恩徳のふかきことは、迷盧八万の頂、蒼溟三千の底にこえすぎたり
「迷廬八万(めいろはちまん)の頂」とは、とても高い山の山頂。「蒼溟三千(そうこうさんぜん)の底とは、とても深い海底。
それだけのご恩に報いていく「報恩」、その意味をうかがっていく。
そして、『御伝鈔』を拝読。
すべてを拝読することは出来ないので、上下巻より2段ずつ。
このたびは先日の住蓮寺でのご縁、『弁円のなみだ』にあやかり、読ませていただいた。
その後、後席をつとめる。
今日は朝から法座・葬式・法座・還骨・通夜・法座と声を出しっぱなし。
終わる頃には喉がパンパンに。
明日の朝席で御満座。
お寒いなか、ようこそのお参りでした。
1月12日(土)
今朝8時30分より、昨日に続いて隣寺の住蓮寺へ御正忌報恩講に。
今日は長浜日曜学校“新年お楽しみ会”も兼ねて、子どもたちと一緒のご縁。
「らいはいのうた」をおつとめし、まずは長浜にお住まいのM氏が腹話術と手品を披露。
そのあと、昨日に続いて、安藤けいいち師の人形説き(ひとり人形芝居)。
子ども向けに2つの作品を上演。
最初は「なかよし」。
そして、「王さまとハトとタカ」。

この「王さまとハトとタカ」という話は、お釈迦さまの前世の物語、『ジャータカ物語』より。
大きい小さいにかかわらず、いのちの重みはみんな等しい。
子どもたちは何を思っただろう。
どんな世界に生まれても、どのいのちも尊い。
ただ、その尊いいのちをいただいて、私たちは生きている。
「おたんやの市止まり」
親鸞聖人のご命日にはお精進。
肉や魚を食べず、精進料理をいただいていた。
特にここ安芸門徒の地では。
親鸞聖人のご命日の前夜、「大逮夜(おおたいや)」。
それがなまって「おたんや」と呼ぶようになったそう(西教寺ホームページ参照)だが、それが御正忌の法座自体を表すようになり、数日間お精進が続くので、だれもその時期に魚や肉を買わないため、市自体が休業に。
したがって、漁師さんたちもこの時期は休業。
それが、時代とともに安芸門徒ばかりでなく、いろんな宗教を持たれた方が増えてきた。
そんなこともあり、市を休業することもできず、この「おたんやの市止まり」もなくなった。
「精進料理」とは、何も肉や魚を食べず、野菜だけを食べることをいうのではない。
ベジタリアンの方が毎日食べている料理が精進料理かというと、それは違う。
つつしむこころを持ち、いつも美味しい美味しいといただいていることに、「ハッ」とこころが動かされるご縁。
親鸞聖人の御命日を通して、「いのち」のこと、いろんなことに気づかせていただく。