ぶろぐ

専徳寺のぶろぐです。

お寺のこと、地域のことを綴ります。


 

ブログ一覧

呉東組法中会

8月31日(日)

8月の終わりは暑い暑い日曜日。。。

朝 9時、焼山の会館にてお葬式。
朝10時、瀬戸内葬祭にて法事。
朝11時、クレイトンベイホテルにて法事。

そして、午後からお寺で法事。

時間を気にしながらの移動が少々ハードではあったが、何とか滞りなく。

今日は「艦これ」展(呉市美術館)が最終日ということもあってか、ホテルのロビーにも周辺にも提督と呼ばれる方がたくさん。

確か去年もあったような。

 

今夜は善通寺にて呉東組法中会。

組長会からの報告。行事予定の確認等。

 

2025年8月31日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

やなせたかし展 筆の里工房

8月27日(水)

午後から久しぶりに熊野の筆の里工房へ。

『やなせたかし 色と言葉のパレット~アンパンマンとメルヘンの世界』展。

随分久しぶりと思ったら、最後に訪れたのが2021年。

筆の里工房に到着すると、前あった駐車場が大規模工事中。

「つながる つなげる」ための整備事業だそう。熊野町web

 

色と言葉のパレット

現在放送中の朝ドラ『あんぱん』を観ているせいか、絵も詩もこれまでと違った目線で。

やなせたかしさんのアンパンマンの原画は、色がとてもきれい。

《色づかい、言葉づかい》が展示テーマだとか。

 

アンパンマンは子どもたちが小さかった頃に一緒に観て、一緒に育ってきた。

その時その時の思い出とも重なるので、いろんなことを思い出しながら。

そう思うと、ドラマにも登場した戸田恵子さん、山寺宏一さんの存在も大きいなぁとしみじみ。

 

2025年8月27日 | カテゴリー : 絵本 | 投稿者 : sentoku

赤いロウソク

8月24日(日)

今日も熱中症警戒アラート発令。。。

今日御法事へお参りしたお宅に、先日9月に通り報恩講でお参りする予定をご案内したら、その日は仕事の関係もあって、今日の法事と一緒に報恩講もおつとめしていただきたいと。

そこで、『阿弥陀経』をおつとめしたあと、持参した蝋燭立に赤いロウソクを点け、報恩講の『正信偈』をおつとめ。


(写真は本堂にて)

法事が終わった後、芯切りばさみでロウソクの芯を切って火を消し、携帯灰皿に。

和蝋燭は芯を切らないといけないので、火の始末は責任持って。

今年の通り報恩講は、赤いロウソクを各ご家庭のお仏壇にお供えしておつとめしようと。

実は、今年の春に石川県七尾市の高澤ろうそく店のことを知った。
昨年の元旦に起こった能登半島地震で被災。

現在仮設店舗で頑張っておられるそうなので、微力ながら応援を兼ねて先日購入。

ろうそくの栞にも「報恩講」のことが。

1号、1.5号と小さなロウソクだけど、これを点けて報恩講を心地よくおつとめできれば。

今年は9月8日から平日は連日報恩講。

 

2025年8月24日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

処暑

8月23日(土)

二十四節気の処暑。

暑さが落ち着く頃だそう。

 

まだまだ暑いとはいえ、あれだけ大きな声で鳴いていたクマゼミの声がそれほど聞こえなくなっている。

少しずつ季節が移ろっているのかな。

 

今日、寺での法事の前、本堂前のサンシェードを動かそうと外に出ると。

 

先日から本堂の廊下で2度見かけたのだけれど、今日見たヘビよりは色も淡く小柄だったような。。。

ひょっとして1匹ではない?

本堂の中、庫裏の中へは入らないように!

 

お盆期間には一つも葬式がなかったので、今日は久しぶりのお葬式。

東広島市の家族葬の会館にて。

そんな中、先日14日のお墓に続いて、朝日新聞朝刊の第一面がお葬式に関する記事。

トラブルが目立つと、そこばかり目が行くようになるので。。。

お葬式は心地よくおつとめしたい。

浄土真宗における「葬送儀礼」というのは、本願を信じ念仏するものとして、故人も後に遺されたものも、阿弥陀仏に等しく摂め取られていることに対する「報恩感謝」の思いをめぐらせる場となるものであり、また人生の拠り所を阿弥陀仏の浄土に見据えて歩ませていただくという「法縁」にであう場となるものです。葬式不要論が公然と語られる今日、浄土真宗の僧侶は、心してこの意を汲み取り、「葬送儀礼」に携わっていかなければならないでしょう。
(『浄土真宗本願寺派 葬儀軌範』解説――浄土真宗の葬送儀礼――より)

 

盂蘭盆会

8月21日(木)

今日も暑い。。。

朝席1席限りの盂蘭盆会。

このたびのご縁は、先日ぶろぐでも紹介した『御文章』2帖目12通より。

それ、人間の五十年をかんがへみるに、四王天といへる天の一日一夜にあひあたれり。またこの四王天の五十年をもつて、等活地獄の一日一夜とするなり。これによりて、みなひとの地獄におちて苦を受けんことをばなにともおもはず、また浄土へまゐりて無上の楽を受けんことをも分別せずして、いたづらにあかし、むなしく月日を送りて、さらにわが身の一心をも決定する分もしかしかともなく、また一巻の聖教をまなこにあててみることもなく、一句の法門をいひて門徒を勧化する義もなし。ただ朝夕は、ひまをねらひて、枕をともとして眠り臥せらんこと、まことにもつてあさましき次第にあらずや。しづかに思案をめぐらすべきものなり。このゆゑに今日今時よりして、不法懈怠にあらんひとびとは、いよいよ信心を決定して真実報土の往生をとげんとおもはんひとこそ、まことにその身の徳ともなるべし。これまた自行化他の道理にかなへりとおもふべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

  時に文明第六、六月中の二日、あまりの炎天の暑さに、これを筆にまかせて書きしるしをはりぬ。

織田信長で知られる「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」は、幸若舞「敦盛」の一節。

「人間五十年」は、当時の平均寿命という説を聞いたことがあったが、そうではなく、人間の50年が下天(四王天)の一日一夜に当たるということ。そして、その下天の50年が等活地獄の一日一夜。

毎日「いつまでこの暑さが続くのだろう。。。」とついつい思ってしまうけれど、地獄に比べたらほんの一瞬という話から、炎天の暑さをご縁にお念仏。

 

ようこそのお参りでした。

 

後片付けをし、足袋を脱ごうとしたら、

ショック。。。

本麻製の足袋は弱いかも。。。

 

2025年8月21日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku