6月5日(水)
今朝、永代経法要御満座。
永代経とは、ティッシュペーパーのよう。
ボックスティッシュは、一枚とると、次のが出てくる。
紙と紙が重なり合って、摩擦によって次のが出てくる。
〈参考〉ののちゃんのDO科学「なぜティッシュは1枚ずつ取れる?」
前に生まれんものは 後を導き 後に生まれんひとは 前を訪え
今私の使うティッシュが、次に使う時のため、また、次に使う方のために今用意される。
今出遇えたこのご縁は、今と同時に次のご縁となって。
ようこそのお参りでした。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
6月5日(水)
今朝、永代経法要御満座。
永代経とは、ティッシュペーパーのよう。
ボックスティッシュは、一枚とると、次のが出てくる。
紙と紙が重なり合って、摩擦によって次のが出てくる。
〈参考〉ののちゃんのDO科学「なぜティッシュは1枚ずつ取れる?」
前に生まれんものは 後を導き 後に生まれんひとは 前を訪え
今私の使うティッシュが、次に使う時のため、また、次に使う方のために今用意される。
今出遇えたこのご縁は、今と同時に次のご縁となって。
ようこそのお参りでした。
6月4日(火)
昨日に引き続いて永代経法要。
朝席では、「帰る場所がある」
「ただいま」 待っている我が家へ。
「おじゃまします」 他人のお宅へ。
親がいるところへ「ただいま」と帰っていくという梯和上のお味わいより。
昼席では、一休さんと蓮如上人
極楽は 十万億土と 説くならば
足腰立たぬ 婆は 行けまじ (一休禅師)
自らの力では到底往くこともできないお浄土。
極楽は 十万億土と 説くなれど
近道すれば 南無 のひと声 (蓮如上人)
でも、こちらからではなく、如来さまの願いですぐそこに。
夜席では、蓮如上人の「タノム」
浄土真宗の弥陀をたのむは、頼む(たのむ)でなく、憑む(たのむ)。
頭に「依」という字を付けると、〈依頼〉と〈依憑〉。
〈依頼〉はおねがい。〈依憑〉はよりかかる。
ちなみに、〈憑依〉はのりうつる。
阿弥陀さまの願いが私のところに。
ようこそのお参りでした。
昼席の間、雨が少し降り、何だか蒸し暑い。
週末は雨予報だそう。
どうぞ、お気をつけて。
6月3日(月)
今夜から令和になって初めての法座、『永代経法要』。
このたびの御講師は、三原市大和町明圓寺の内藤良照師。
明圓寺は前坊守(母)の里。
このたびの御講師は私(住職)の従兄。
これまで、前住職の良範師、副住職の良誠師にご縁をいただいて、これで3代相続のご縁。
行き先が分かれば 行き方が分かる
往き先が分かれば 生き方が分かる
でも、その行き方が分かっても、そこまでの見える世界は人それぞれ違ってる。
急いでる人は足元もまわりも見えていない。
見えないのもいいのかも知れないけれど、しっかり踏みしめて今を歩みたい。
今を聴く。今を知る。
大事なことだなぁと。
ようこそのお参りでした。
今日届いた安芸教区の教区報『見真』6月号。
連載中の安芸教区組巡りに「呉東組」登場。
3月28日(木)
今日は朝から穏やか。
朝席では、『御文章』五帖目第四通よりお味わい。
そもそも、男子も女人も罪のふかからんともがらは、諸仏の悲願をたのみても、今の時分は末代悪世なれば、諸仏の御ちからにては、なかなかかなはざる時なり。これによりて、阿弥陀如来と申したてまつるは諸仏にすぐれて、十悪・五逆の罪人をわれたすけんといふ大願をおこしましまして、阿弥陀仏と成りたまへり。……
そして、昼席は「信心獲得章」、夜席は「末代無智章」のお味わい。

最近話題のアポ電強盗など、詐欺被害が急増している。
傍から見れば、「どうしてそんなに簡単に騙されるのだろう」と思ったりもするのだけれど、それは他人事だから。我が事、身内のこととなれば、見えなくなる世界がある。
それを巧みに利用する犯罪の多いこと。
「罪のふかからんともがら」
失われている大切なことを聞いていかないと。

それはそうと、今日はいよいよ最終回の近づいたNHKの連続テレビ小説『まんぷく』で、お母さんの鈴さん(松坂慶子さん)が生前葬をすると言うことで、縁ある人が集まって、それぞれに感謝や思いを伝えるシーンを放送。
それを見ながら、葬式って別れを告げるところでなく、感謝を伝える大切なご縁だなとつくづく。
明日の朝席で御満座。
ようこそのお参りでした。
1月15日(火)
今日も穏やか。
御正忌報恩講、昨夜に続いて2日目のご縁。
このたびは『阿弥陀経』。
朝席では、「極楽」。
「極楽」の「楽」は、「外楽」「内楽」「法楽楽」の内、「法楽楽」に当たるというお話を中心に。
昼席では、浄土の蓮、浄土の鳥のお話。
そして、夜席の前席では、その続きと倶会一処。
『御伝鈔』をいただいて、後席では、執持名号と六方段。
「共命之鳥」が出てくるので、一昨年の5月に仏教壮年会の例会でみなさんと一緒に折った共命鳥が再び日の目に。
五角形で折り鶴を折ると、頭の2つある共命鳥の出来上がり!

今日は、お逮夜(おたんや)。
これまでお逮夜には、婦人会の方にもお手伝いいただいて、おぜんざいの接待を行ってきた。
でも、今の時代、健康・食に対して、昔とは違ったいろんなことを聞くように。
特に糖分に関しては。。。
そんなこともあり、今年から夜におぜんざいを振る舞うことを辞めて、違った形をとることになった。
そこで、このたび、丸西宗教織物(坊守のお里)が手がけた京六條おやきもちをおみやげに。

今日京都から届いた、小豆のあんこが入ったおやきもち。
パッケージもシンプルなので、

その上からシールを貼って、専徳寺オリジナルの「御正忌報恩講」特製おやきもちが完成。
これだったら、持ち帰って、食べられない方はどなたかにプレゼントしていただけるかな。
※ちょっと焼いて温めて食べると、より美味しくいただけます。
ようこそのお参りでした。
12月5日(水)
今朝、今年最後の法座も御満座。
雨上がりの暖かい朝。
12月なのに、蚊の姿も。
この暖かさは、エルニーニョ現象らしい。
異常気象。
何が異常で何が正常か分からなくなってくる。
それでも、雨でほとんど銀杏が落ち、7日の仏教壮年会の境内清掃に間に合った。
今朝の席では、村上志染の『水馬(みずすまし)』の詩を紹介してくださった。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
師走。
何かと忙しい、忙しいと心を亡くし、大切なことを忘れているなぁ。
ようこそのお参りでした。
法座が終わり、午前中報恩講参り。
そして、お昼前、このたびの豪雨災害で1階が土砂で埋まり、全壊被害となったご門徒さんが御本尊を持ってお参りに。
被害に遭ったお宅は、普段は住んでおらず、時々畑仕事をするために帰って来られた時に寝泊まりされている御実家。
お参りした後、お話を伺うと、土砂が1階に流れ込んだ勢いで仏壇が倒れ、倒れた拍子に仏壇の扉が閉まったようで、倒れたお仏壇の中には土砂が入らず、御本尊は無事だったとか。
その御本尊とお仏壇の上にかかっていた遺影だけを持ち帰り、11月下旬にその家屋を取り壊して、ようやく落ち着いたからとお参りに。
災害から5ヶ月。
これで、このたびの災害で全壊扱いとなったご門徒さん、みなさん御本尊を持ってお参りに来てくださったことに。
何とも有り難い。
午後から広島別院で「御同朋の社会をめざす運動」安芸教区委員会。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
そこで、またこの言葉をふと。
12月4日(火)
雨が上がり、霧。暖かい朝。
昨日に続いて、仏教壮年会・仏教婦人会法座。
朝席では、
「きっとそうだろう」
「きっとそうに違いない」
そんなふうに思い込んで、相手を理解しようとせず、自分勝手な姿で過ごしていませんか?
そんな私だから、阿弥陀さまが願い続けてくださっているとの話より。
昼席では、朝席に続いて、一方的にしか見れない私の姿より。
「阿弥陀さまは寝ずの番」
のお話。
小さな子どもに、「寝ずの番」なんてことを言っても伝わらないかも知れないけれど、このような言葉のない環境に育った人は、その後もご縁にあうこともできない。
「まんまんちゃん」
「ほとけさま」
そして、
「お浄土」
小さな頃からこの名前を聞き、口に出すから、ご縁に出遇ってその意味を。
昼席が終わった後、しばらく青空が広がっていたけれど、夕方にかけてまた雨。
庭の銀杏も紅葉もすっかり散ってしまった。
そして夜席。
杉山平一の『生』という詩を紹介してくださった。
生
ものを取りに部屋へ入って
何を取りにきたかを忘れて
もどることがある
もどる途中で
ハタと思い出すことがあるが
その時はすばらしい身体が先にこの世へ出てきてしまったのである
その用事は何であったか
いつの日か思いあたるときのある人は
幸福である
思いだせぬまま
僕はすごすごあの世へもどる
この世に生まれ、その用事を知らぬまま、迷いの中にいるままなのか、それとも迷いの世界を抜け出すのか。
その用事を知るご縁を。
ようこそのお参りでした。