9月20日(土)
今朝は曇り空で、気温も少し下がって。
彼岸の入り。
平日は目一杯午前中通り報恩講。
土日は少しゆっくりと法事。
午後、雨が降りそうな空模様となったので、本堂の戸締まりをして戻る途中、ミョウガの鉢にふと目が。
今年は植えて1年目なので、収穫は期待できないかなと思ってあきらめていたのに、土から何やら出ている!
この投稿をInstagramで見る
次から次へと採れた立派な茗荷。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
8月23日(土)
二十四節気の処暑。
暑さが落ち着く頃だそう。
まだまだ暑いとはいえ、あれだけ大きな声で鳴いていたクマゼミの声がそれほど聞こえなくなっている。
少しずつ季節が移ろっているのかな。
今日、寺での法事の前、本堂前のサンシェードを動かそうと外に出ると。
先日から本堂の廊下で2度見かけたのだけれど、今日見たヘビよりは色も淡く小柄だったような。。。
ひょっとして1匹ではない?
本堂の中、庫裏の中へは入らないように!
お盆期間には一つも葬式がなかったので、今日は久しぶりのお葬式。
東広島市の家族葬の会館にて。
そんな中、先日14日のお墓に続いて、朝日新聞朝刊の第一面がお葬式に関する記事。
トラブルが目立つと、そこばかり目が行くようになるので。。。
お葬式は心地よくおつとめしたい。
浄土真宗における「葬送儀礼」というのは、本願を信じ念仏するものとして、故人も後に遺されたものも、阿弥陀仏に等しく摂め取られていることに対する「報恩感謝」の思いをめぐらせる場となるものであり、また人生の拠り所を阿弥陀仏の浄土に見据えて歩ませていただくという「法縁」にであう場となるものです。葬式不要論が公然と語られる今日、浄土真宗の僧侶は、心してこの意を汲み取り、「葬送儀礼」に携わっていかなければならないでしょう。
(『浄土真宗本願寺派 葬儀軌範』解説――浄土真宗の葬送儀礼――より)
8月7日(木)
今日未明より朝方まで雷雨。
久しぶりの雨。
雨が降ると、毎度のことながら、ヒマラヤスギの落ち葉が排水口に溜まる。
いつもホウキで掃いても取れない枯れ葉が、雨で一気に。
午前中には雨が上がり、今度は蝉時雨。
そして、今夜はお通夜。
葬儀屋さんから葬儀のことで連絡があった際、「明日が友引に当たるのですが、浄土真宗では友引は関係ないことをご遺族に説明していただけますでしょうか?」と尋ねられたので、「お通夜の前に控室でお話したらよろしいですね」と答えたら、「お通夜の時にみなさんにお話いただけたら」と。
初めてのリクエストだったけれど、六曜の話、「共引」が「友引」になった話を交えながら。
「友を引く」
浄土真宗の立場で「友を引く」とすれば、お浄土へと一緒に参らせていただくのだから、本来喜ぶことかも。
それを喜ぶことができないのは、「まだ死にたくない」「まだ生きたい」という気持ちがあるから。
「生きたい」という気持ちは大切。
日の良し悪しに振り回されず、その命を生き抜く。
そこには阿弥陀さまの願いが届いてる。
と。
8月5日(火)
夕方、車で戻ってきて、境内への坂を上ると、
何か落ちてる?
すぐにその黒っぽいかたまりがキジバトのヒナと分かったので、すぐに車を止めて安全な場所に移そうと、ちりとりに入れて移動。
写真を撮って、そのあと水撒きをしている間に、姿が見えなくなった。
自分で移動できる力はあるみたい。
この投稿をInstagramで見る
7月にキジバトの姿を久しぶりに見るようになり、また子育てが始まるのかと思ったけれど、しばらく姿を見なかったので、いなくなったのかと思っていたら。
本堂の屋根の上にキジバトの夫婦がいたので、上から見守っているよう。
先日、ヘビを久しぶりに見かけたし、ネコやカラスも頻繁にやって来る。
ちょっとそれが心配だったけれど、元気に飛び立ってくれたらいいな。
明日は朝8時15分より鐘を撞き、おつとめ。
明日8月6日は80回目の原爆の日。
ハトは平和の象徴。
『旧約聖書:のノアの方舟に由来するそう。
何はともあれ、世のなか安穏なれ。仏法ひろまれ。
8月3日(日)
暑い暑い8月の土日を終えた。
昨日は安芸高田市で40℃。
広島で観測史上最高の気温だとか。
蓮如上人の『御文章』2帖目第12通に、
それ、人間の五十年をかんがへみるに、四王天といへる天の一日一夜にあひあたれり。またこの四王天の五十年をもつて、等活地獄の一日一夜とするなり。これによりて、みなひとの地獄におちて苦を受けんことをばなにともおもはず、また浄土へまゐりて無上の楽を受けんことをも分別せずして、いたづらにあかし、むなしく月日を送りて、さらにわが身の一心をも決定する分もしかしかともなく、また一巻の聖教をまなこにあててみることもなく、一句の法門をいひて門徒を勧化する義もなし。ただ朝夕は、ひまをねらひて、枕をともとして眠り臥せらんこと、まことにもつてあさましき次第にあらずや。しづかに思案をめぐらすべきものなり。このゆゑに今日今時よりして、不法懈怠にあらんひとびとは、いよいよ信心を決定して真実報土の往生をとげんとおもはんひとこそ、まことにその身の徳ともなるべし。これまた自行化他の道理にかなへりとおもふべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。
時に文明第六、六月中の二日、あまりの炎天の暑さに、これを筆にまかせて書きしるしをはりぬ。
「あまりの炎天の暑さに」と、御文章をお書きになっている。
人間の50年は四天王の天の一日一夜。この四天王の50年が等活地獄の一日一夜だそう。
地獄に墜ちたら、今の何倍もこの炎天の暑さを味わうことになるのに、いまをむなしく過ごしていていいのかと。
暑くなると、これは現実だろうか?幻だろうか?と思うようなことも。
午後4時からの今日最後の御法事。
本堂の温度計は31℃超え。
お内陣は扇風機を回しても、それよりもっと暑く感じる。
汗をかきながらおつとめをしていると、お内陣の中をクロアゲハが舞っている!!
これは幻覚?
後からお内陣の映像を見返すと、確かにクロアゲハが。
お浄土の六鳥は『阿弥陀経』で知られるけれど、蝶はお浄土に?
そう思って調べたら、京都国立博物館のWebに『極楽浄土と蝶』という読物が。
『極楽浄土と蝶』よみものWeb(https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/yomimono_data/0125/)
舞楽の蝶鳥の舞手らは、法会において衆生を仏の浄土へと繋ぐ伝供の役割を担う。日本においては蝶も仏の世界へと導いてくれるはずなのである。
地獄・餓鬼・畜生のない世界、お浄土。
お盆をご縁に、蝶が導いてくれた。
昨日つぼみが膨らんでいた風蘭が一つ花咲く。
この投稿をInstagramで見る
ちょうどNHKの大河ドラマで『べらぼう』を放送中だが、ちょうどその時代、富貴蘭としてもてはやされた花。
ほんのりと香も。
明日あたり、他のつぼみも開けば、香ももっと感じるかな。
香に誘われ、導かれ。
5月7日(水)
GW明け。
昨日の雨も上がり、今日は晴天。
御法事でのお参り先で、玄関先にさくらんぼ。
以前、桜が満開の頃にお参りさせていただいたことはあったけれど、さくらんぼは初見。
こんなにたわわで、キラキラ輝き、宝石のよう。
法事が終わった後、さくらんぼの話をうかがうと、今年は特にたくさん実っているのだそう。
週末天気予報で雨なので、その雨の後は裂けてお終いなんだとか。
帰りに一枝とってくださって、お土産にいただき美味しくいただきました。
そして、プランターで育て始めたミョウガの芽がやっと出て来た。
いつだったか、組内法中の会食の席で、「ミョウガって漢字でどう書くか知ってる?」とある法中さんより。
「草冠に名前の〈名〉と、〈荷物〉の〈荷〉ですよね」
「じゃ、その由来は?」
「周梨槃特ですよね」
「知っとった?」
と会話に、そばの若い法中さんは「へ~」と。
それで、意外と知られてないんだと思ったけれど、ふと、ミョウガってどんな風に出来るの?と。
たまたま他の苗を買う時にミョウガを見つけ、それほど難しくないということだったので、一度育ててみようと、約1ヶ月前にプランターに植えて、日陰で育ててみた。
それから1ヶ月ほど経つのに、いまだに何も出て来ない。。。
失敗だったのかと心配していたら、ようやく芽が。
茗荷が出来たら、周梨槃特の法話が出来るかな。
4月4日(金)
朝は少し冷えたけれど、日当たりが良く、本堂の屋根の上ではイソヒヨドリが恋の歌を。
シジュウカラが巣材をくわえてきたから、巣作り中?
本堂では五〇回忌の御法事をお勤め。
過去帳に「一日」と年齢が記載されているお方の。
昨日の朝日新聞朝刊、「折々のことば」より。
「死児の齢を数う」
こんなことわざがあったことも初めて知ったが、
人は死して無に帰すのではなく、死「者」として、つまり遺された者の語らいの相手として、生まれなおす。そしてその関係の内で、遺された者とともに育つ。
法話でこのことばを紹介し、今日五〇回忌を迎えるまで、ともに年を重ねてこられたのだなぁと。
終わった後、
毎日お仏壇に手を合わせているのですが、年回の案内をいただくまで、今年が五〇回忌だと気づきませんでした。
と、喜ばれて。
夢の世に あだにはかなき 身をしれと 教えて還る 子は知識なり
お子さまのお導き。和泉式部の一句を思い出しながら。
ようこそのお参りでした。
午後から先日取り寄せた器具を試しに。
間もなくストーブもいらなくなる。
ストーブは、いつも仏教壮年会の境内清掃など、人の集まる時に片付けをお願いしているけれど、これが結構大変。
家具を移動させるキャスターをたまたまネットで見つけ、使えそう?と購入。
試してみると、テコの原理で持ち上げて、キャスターを装着。
わりと楽に移動。
ストーブがいけるなら、もっと大きいものでも?と、試しに。
この4つのキャスターを、
演台の下に。
これまで結構重たい演台を移動させるのに一苦労していたけれど、これがあれば。
年に数えるほどしか使うことはないのだけれど、備えあれば憂いなし。
だんだんと無理の出来ない体になっているので、無理しなくても出来ることを。
「ともに育つ」
〈老いとともに育つ〉中でいろいろと。
4月1日(火)
今日から新年度。
どんどん桜の花も咲きだしたのに、ここ数日の寒の戻り。
それでも、日差しは春の陽気。
春休み中の息子が「起こされなかったらいつまでも寝ていられそう」と言うので、「若いねぇ。お父さんは朝の光で自然と目が覚めてしまう。」と。
カーテンからこぼれる光の加減で、大体の時間が分かってしまう。
「まだ5時過ぎかな、そろそろ6時かな」と時計を見ると、ほぼピッタリ。
今朝も早く目覚めたので、先日から読んでいる本を一気に読み終えた。
『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊貴著)
先日、ネットでこの本を知り、すぐに購入。
ちょっと待って、なにこの状況!?
僕が書いたシジュウカラ語の研究エッセイに野生のシジュウカラが寄ってきてるし、よく聞くと「ヂヂヂヂ(集まれ)」って声で仲間を呼んでいる!!! https://t.co/yisIqdezBW— 鈴木俊貴 Toshitaka Suzuki (@toshitaka_szk) March 24, 2025
シジュウカラにも言葉があるということはニュースで知っていたけれど、この本を知って読み始めたら面白いこと。
ただいま、毎日のように境内にシジュウカラがやって来る。
一つ巣箱をかけているのだけれど、この巣箱に入ってくれないかなぁと、心待ちにしている。
会話は出来なくても、シジュウカラの言葉が少しでも分かれば、楽しみが増えるかな。
今朝も境内に水を撒いていると、シジュウカラ?ちょっと違う?でも、聞き覚えのある声。。。
久しぶりにエナガのつがいが姿を見せた。
おかえり、おかえり。
今年度もいいご縁がありますように。
3月12日(水)
急に春めいた気候。
ウグイスの声が螺山から聞こえるように。
これまで月に一度、第二水曜日に清掃してくださった方々が今月限りと。。。
声をかけて始めてくださったH総代さんが怪我をして施設に入られたこと。
参加されている方も高齢化で、集まることがなかなか難しくなってきたこと。
いろいろと事情もあって、このたび一区切りとなったそう。
長い間、ありがとうございました。
ふと、そんなことで思い出した手紙を。
第17世住職 大洲順道が本山を辞めた時、大谷光瑞ご門主よりいただいた手紙。
ロンドンから届いた手紙に書いてある内容は、何となくは読めるのだけれど、ChatGPTだと何て今の言葉にしてくれるだろうと、ふと思って試しに。
私は、あなたが今の職を辞めることを悲しく思っています。
あなたが混乱した室内の状況に身を置き、卓越した手腕で混乱を見事に収めた功績は、古来より室内の職務に就く者の中でも稀に見るものです。
今まさに職を辞して故郷へ帰ろうとしているとのこと。私は遠く異国の地におり、直接お会いしてお別れを告げることもできず、正式に感謝を伝える術もありません。
そこで、こうして手紙を送り、あなたがこれまで尽力してくれたことに深く感謝の意を表します。そして、あなたが今後も健やかで、法のために尽くされることを心より願っております。
私は、あなたを最も信頼し、親しく思っております。
ChatGPT、恐るべし。
と同時に、大洲順道の功績、まだまだ未知数。
ともあれ、
みなさんがこれまで尽力してくださったことに深く感謝の意を表します。
2月22日(土)
今日は風が強く、小雪も舞う寒い一日。
今日最後の御法事は、満中陰法要のお宅。
お亡くなりになられたのは、私よりも若い方。
奥さまが御法事を自宅で希望されたけれど、家にはお仏壇もなく、どうすればいいか分からないと仰られるので、「必要なものはこちらで持参しますので、どうぞご心配なく」と。
浄土真宗のみ教えは、すでに「間に合っている」。
あれを用意しなければ、これを用意しなければ、あれが足りないのでは、これが足りないのではと、心配する必要もなく、阿弥陀さまの方ですべて仕立ててくださっている。
そのことを形にする法事もできるのでは、と。
御本尊、燭台、香炉等、一式風呂敷に包んで持参。
お宅に向かうと、中陰棚に遺影とお骨と仏華・香炉・蝋燭立が用意されていた。
その前にお荘厳を。
箱の上に風呂敷を掛け、銀箔の小さな衝立、その前に御本尊。
御本尊は本願寺の携帯用お名号「いちょう」。
携帯用香炉を名刺盆にセット。
以前、インターネットでいろいろと見ていて、イチョウの葉を象った素敵な燭台を見つけた。
でも、取り寄せ商品となっていたので、直接そのお店から購入することができるかも、と思ったらすぐにそのサイトが見つかった。
「髙澤ろうそく」(https://www.takazawacandle.jp/)と言うロウソク屋さん。
お店のInstagramもあったので見てみたら、何と「フォローバック」と。
専徳ねっとInstagramを既にフォローしてもらっていた。
能登七尾にあるロウソク屋さんで、昨年元旦に起きた能登半島地震でお店が倒壊し、今は仮店舗で営業されているとか。
大変な中、がんばっておられるようなので、微力ながらも応援できればと、この燭台に高澤ろうそくの和蝋燭を灯して。
これもご縁。
その燭台を納める箱は、Amazonでちょうどいいサイズの小箱を入手。
これが紙のように軽く、なかなか。
ろうそくなど細々としたものは軽い桐箱に納め、とにかく軽くてコンパクトに。
そして、印金。
小さな包み一つで、間に合っている御法事を。
これからの時代、いろんなケースが出てくると思うので、どんな状況でも「間に合っている」を。
ただ、このたびは仏華を用意することは出来なかった。
それも間に合っているようにしたいと思うのは、煩悩。。。
なくても、南無阿弥陀仏で「だいじょうぶ」。