専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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9月7日(月)
今朝は久しぶりの広南小学校読み聞かせ。
小学校も2学期が始まって1週間。
今日はプール納めもあるそうだけど、ちょっと泳ぐには寒いかも。
担当は4年生。
読んだ本は、
ぼくがラーメンたべてるとき、となりの人はこんなことしてる。となりの国の人はあんなことしてると、繰り返し繰り返し出て来る絵本。
日本では、バイオリンをひいたり、テレビを見たりしているとき、ある国では子守をしたり、パンを売ったり、牛をひいたり、そして最後に出て来るのは、倒れている子。。。
みんな、1年生のときに読んだそう。
感想を尋ねると、その時も、今も、最後のシーンが「悲しいなと思いました」と答えてくれた。
先日、難民のこどもがトルコの海岸に打ち上げられている写真が大きな話題になった。
争いのあるところには、「悲しい」がいっぱい。
そんなことを思いながら。
9月4日(金)
久しぶりの晴れ空。
今朝、呉東組団体参拝に参加されるご門徒さん宅をまわってごあんない。
そこで、ふと
8月6日。
マツダスタジアムで、プレイボール前に二階堂和美さんが、『伝える花』を歌っておられたなぁ。
あの花が、カンナの花。
今日、広島の三越に寄った時、テクノ・ブローチなるものを一つ購入。

このブローチ。あの「お・も・て・な・し」の滝川クリステルさんが動物保護の財団を立ち上げられており、そのなかでの北海道のシマフクロウ保護のチャリティキャンペーンとして。
そのコピーに惹かれた。
普段それほど気に留めないことでも、こうしてふと考える。
また、考えさせられる。
そんな行動を取ることも大切なことなんだなと。
8月30日(日)
8月最後の日曜日。
あんなに連日暑かったのに。
まだまだ、彼岸は先なのに。。。
今夜はいつもより30分早く呉東組法中会が住蓮寺にて。
来月17日・18日と東京へ1泊2日の組の団体参拝を控え、その最終説明。
メインは9月18日に行われる国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑での追悼法要参拝。
専徳寺からは7名が参加。
大きなご縁となりますよう。
団体参拝の話の後は、「宗門総合振興計画」についての話。
そして、第9回ご縁の会の募集開始。
先月の法中会で、ご縁の会から3組目の結婚が決まったことが報告されたが、そのカップルには組から念珠が記念品として贈られることに。
これまでに結婚された方へもお念珠が贈られているが、もうお子さんを連れて、所属寺に初参式に参られたとの話も先日聞かせていただいた。
このたびも、ご縁、出会いがありますよう。
8月27日(木)
今朝、「10年連れ添った犬が亡くなったのでお参りして欲しい」との依頼を受けてお参りに。
御家族みなさん、きちんと喪服姿。
「こどものように可愛がってましたから。。。」と。
「亡くなる」という表現は、人間の死に対して使う言葉だと聞く。
先日、BSプレミアム『世界ミステリー遺産に挑む』という、俳優の鈴木亮平さんの番組が放映された。
そこで、興味深い話があって、その言葉にひっかかった。
イタリアの隣、スロベニアの養蜂の村を訪れた時、そこの人は昔から蜂と共生していて、蜂が命を終えることを、人間と同じく「umre(ウムレ)」、それ以外の他の動物は「pogine(ポギーネ)」というのだそう。
番組では、ウムレは日本語で「亡くなる」、ポギーネは単に「死ぬ」と。
蜂がこの地方の人たちにとって、いかに大切な存在であるのかと紹介していた。
また、先の日曜日、小学校PTAの七校球技大会というのがあって、今年は広南小学校が担当校。でも、その日は1日法務で応援にも行けないので、前日の準備だけ参加させていただいた。
その会場となった広にある大学の校内で、ふと目に止まったのが、
「実験動物慰霊碑」
調べてみると、ここのように医学や薬学の学部のある日本の学校、研究施設には、「慰霊碑」があり、「慰霊祭」を行っているような紹介がしてあった。
そして、そこにふと変わった石碑の写真を見つけ、よく見てみると、何と国立呉病院にある石碑だということで行ってみた。
駐車場に車を駐め、あちこちと歩き回ったけど、それらしい石碑もなく、駐車場の係の方に尋ねてみると、「私もよく分からないけど、この駐車場のずっと奥にあるのかな。。。」と。
駐車場のずっと奥の建物の横を通っていくと、
ひっそりと、木に埋まるかのようにあった!
「底栗車之塔」
「底栗車」とは、「チリシャ」と発音するそうで、サンスクリット語のTiryagyoniの音写に由来し、「畜生」と訳される。
海軍病院時代に、実験動物を弔うため、昭和9年(1934年)に建てられた碑文だそう。

実験のためとはいえ、命を終えていった動物たちに、その命を敬うこころを現している姿かな。
「亡くなる」と「死ぬ」。
その線引きは、どこだろう。
結局、私との関わりなのかな。。。
私にとって敬う存在。
と、そうでない存在。
何はともあれ、御家族がそろってお念仏に出遇えた。
その「いのち」との大切な出会いに感謝。
今夜は久しぶりに寺の本堂でお通夜。
正信偈を唱えていると、御同行の声と一緒にコオロギや鈴虫の声。