専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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10月24日(金)
今週まわった広白石、広両谷地区の報恩講参りが終了。
今夜は西光寺にて我聞会の例会。
『蓮如上人御一代記聞書』の輪読は(172)(173)。
(172)は、「信心さえあれば、どんなこともつらいとは思わないものである。信心をいただいた上は、すべてを仏恩報謝と心得るのであるから・・・」との話。
昨日、たまたまテレビでNHKのお昼の番組、『スタジオパークからこんにちは』をちょっとだけ。
そのなかでゲストのベッキーさんが、テレビを見ることが好きという話をしていて、好きだから見るのであって、仕事として見るのはホンの少しと。
それを聞いた司会の戸田恵子さんが、好きだから見れるのよねぇ・・・という話を。
好きだから見れる。
ちょっと今日の話を聞きながら、ふとそんなことを思い出す。
法話は生老病死の話。
「老苦」「病苦」「死苦」は伝えやすいけど、「生苦」はどのように伝えてますか?ということでそれぞれの「生苦」を。
「生きる苦しみ」「生まれる苦しみ」
帰って調べてみても、さまざま。
「生まれることの苦しみ」
「生命ができて、生まれるまでの苦しみ」
「思いどおりの環境に生まれてこれない苦しみ」
生まれることはすべての苦しみのスタートではあるけれど、何も苦しいことばかりでない。
生まれたからこそ遇える世界があり、生まれたからこそよろこびも。
10月21日(火)
1日、11日、21日と、1のつく日は広南小学校の登校指導の日。
児童の親が順番で朝の30分、通学路の所定の位置に登校指導のために立つ。
それが年に2~3回まわってくるのだが、今日はその当番の日。
『呉の子どもは呉のおとなが守る』と書かれた黄色い腕章を着け、「おはようございます。行ってらっしゃい」と。
「行ってらっしゃい」と後ろ姿を見送りながら、「行ってらっしゃい」には、ただ見送るだけでなく、「行って無事帰ってらっしゃい」との願いがあるんだなぁと・・・。
時々、「行ってお帰り」ということばも聞くし、京都では「おはようおかえり(やす)」と、「かえる」ことばを付けるところも。
そんなことを思うと、何だか味わい深いなぁと思いながら30分。
ただ、黄色いランドセルカバーを付けてる1年生の姿を見かけないと思ったら・・・

今日はインフルエンザのため、1年生は休校だそう。(中国新聞朝刊より)
午前中、小坪臨海地区の報恩講参りに、おばあちゃんと一緒に二人してマスクを付けてお参りする1年生の姿も。
報恩講参りは平日にほとんどまわるので、子どもと一緒のご縁はほとんどないけれど、今日はそんなことで思わぬご縁に。
帰ったら、手洗い、うがいを忘れずに。