専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
6月16日(木)
団体参拝2日目。
今朝は曇り。
朝6時のお晨朝に参拝。
阿弥陀堂は、足の踏み場もないほど満堂。
たくさんの方が朝早くからお参りされる。
引き続いて御影堂で正信偈和讃の真譜。
本来なら御正忌の1月16日のお晨朝のみお勤めされる真譜。
この御遠忌中だけ、16日にお勤めされることに。
昨日の法要ではゆっくりできなかった御影堂にしばらくお参り。
朝食を済ませ、龍谷ミュージアムに行き、再び午前の法要中の境内を散策する。
その後、雨の降るなか、大谷本廟で納骨をされる方の納骨。
昼食後、一路比叡山へ。
霧にかすむ比叡山。
肌寒いなか、傘を差しての参拝となった。
東塔の講堂と根本中堂を拝観。

その後、西塔の常行三昧堂へ。
親鸞聖人の奥さま恵信尼公が、末娘の覚信尼に宛てた手紙のなかに、
殿の比叡の山に堂僧おわしましける
と書かれていたことから、親鸞聖人は比叡山の横川で常行三昧をする堂僧であったと見られている。
横川の常行三昧堂は無くなり、現在残っているのはこの西塔のみ。
そのなかに入れていただく。
雨のなかの参拝であったが、九州地方では大雨だそう。
今夜は雄琴温泉。
明日一日、良い一日となればと思う。
6月15日(水)
本日より呉東組16ヶ寺のうち、6ヶ寺が6台のバスに乗って、約200名で京都に向かう。
専徳寺からは33名。
朝5時50分に始発の小坪を出発。
長浜・津久茂・岩樋・広交差点でみなさん乗車。
途中、バスのなかで、御影堂修復の様子をDVDで見ていただく。
改めて見て、昔の職人の気質を感じる。
昔はいろんなことを想定して造った。
想定外。このことばがむなしくよぎる。
昼1時前に本山へ到着。
このたびの50年に一度のご縁。
家族そろって参拝しようと、坊守(妻)が小学2年生の長男と、もうすぐ3歳の次男を連れて、昨日京都の実家に。
ただ、昨夜より長男が39度の熱が出て、ぎりぎりまで行きたいと言っていたそうだが、家で休ませることに。
長男抜きでの参拝。
次の800回大遠忌には、息子たちも50過ぎ。
私は間違いなくいないだろう。
そう思うと、もう一度ご縁にあっておきたい。
遇いがたいご縁。それをつくづく感じる。
法要は、音楽法要。
この6月から、坊守の実家、丸西宗教織物が納めた打敷が掛かっている。
3月末、織り上がったばかりの打敷を見せていただいた。
大きな打敷を一人の職人さんが半年かけて縫い上げたのだそう。
これも、大きなご縁。


このたびの御遠忌は、被災された方々のこころに寄り添う。
親鸞聖人のこころをいただき、そのことをこころにいただいた。
呉東組からも、「願」のバッジをみなさんつけての参拝。
そのこころをいつまでも大切に。
明日は大谷本廟参拝と比叡山に。
6月8日(水)
今夜は7:30より仏教壮年会の例会。
正信偈のおつとめに続き、話をする。
壮年会会員からも数名、来週いよいよ参拝する御遠忌法要。
昨年より募集をはじめ、一時は45名の申し込みをいただいていた。
でも、だんだんと近づいてくると、体調を崩されたり、事情によりキャンセル。
50年に一度のご縁。
遇いたくても遇えないご縁もあるなか、遇いがたくして今遇うご縁に参らせていただく。
15日の法要に参り、翌日は16日の御命日法要。
朝のお晨朝は正信偈の真譜。
これも遇いがたいご縁である。
そのこともあり、今日は「本願寺」と題し、本願寺ができる経緯をうかがってみた。
本願寺の歴史を見るなかに、石泉僧叡和上のことにも少し触れる。
改めていろいろと調べてみると、意外なことが出てきたり。
「生涯勉強」。
祖母が亡くなる少し前、私に残してくれたことば。
次回は、蒲刈の弘願寺仏教壮年会との初めての交流会。
今は亡き上田前会長が、弘願寺門徒である義弟に勧めてできた弘願寺仏教壮年会。
つい先日上田氏の七回忌にお参りさせていただいた。
七回忌を迎え、初めて行う交流会。
お互いの会員にとって、新たなご縁となればと思う。