専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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5月21日(土)
今日は午前10時より住蓮寺にて宗祖降誕会 初参式。
「宗祖降誕会 (しゅうそ・ごうたんえ)」とは、「宗祖」は浄土真宗を開かれた親鸞聖人。「降誕会」は誕生日の法要。
親鸞聖人のご誕生を縁とした法要のことを「宗祖降誕会」という。
親鸞聖人がご誕生になったのは、「承安三年春の頃・・・」と『御伝鈔』に出てくることから、旧暦では4月1日が誕生日とされていた。
それが、明治に入り、太陽暦に変わったことから、浄土真宗本願寺派では旧暦から新暦に改められた。
旧暦の4月1日から新暦の5月21日に改められ、本願寺では宗祖降誕会の法要がつとまる。
「初参式 (しょさんしき)」とは、生まれて初めての仏縁をいただく式。
以前はこの降誕会に合わせ、5月21日に住蓮寺と合同で行っていたが、できるだけたくさんのご家族にも参加いただきたいと、数年前より5月21日に近い土曜日に開かれるようになった。
今年はちょうど5月21日が土曜日に。
昨年は専徳寺、今年は住蓮寺を会場におこなわれ、14名のほとけの子と、そのご家族がこの尊いご縁に。
おつとめは、「らいはいのうた」。
その後、住蓮寺住職による「初参式の御消息」披露。
そして、私が法話をさせていただいた。
今年は親鸞聖人の750回御遠忌法要の年。
それから、東日本大震災。
忘れられない、忘れてはいけないご縁となりました。
式が終わると記念撮影。
ほほえましい姿がそれぞれの家族に見られた。
この初参式を縁に、みんなすなおにすくすくと。
仏さまの光に照らされ、かがやけほとけの子!
5月20日(金)
今夜は7時より総代会。
来月開催予定の門信徒会 世話係総会について。
毎年1回、6月に世話係の方に集まっていただき、総会を開催。
昨年度の門信徒会事業報告・決算報告、今年度の門信徒会事業計画案・予算案について審議される。
現在、専徳寺門信徒会は、
総代 10名
特別総代 6名
世話係 104名
のご協力で運営されている。
今日はその準備のため、総代の皆さんに集まっていただいた。
今年度の総会は、6月27日(月)10時からに決定。
また、事業計画のなかで、昨年おこなった除夜会の「安穏のともしび」をまたやりましょうと声をいただく。
来年1月の750回御正当を迎えるということもあるが、このたびの東日本大震災。
これを受けて、今年もすることに。
昨年は「あなたの願いは何ですか?」と題し、「安穏」のキャンドルにいろんな願いを書いていただいた。
今年は、やはり「願」。
問題は、長期化することによる慣れと、忘れていくこと。
そうならないよう、これからもいろんな形でメッセージを発信していければと思う。
この願いも、阿弥陀さまの願いとともに、届きますように。
5月17日(火)
忍音(しのびね)とは、その年に初めて聞くホトトギスの鳴き声。
今年も螺山にホトトギスが帰ってきたようだ。
今朝、「キョッ、キョッ、キョキョキョ」と聞こえてくる。
この声は、「テッペンカケタカ」「特許許可局(とっきょきょかきょく)」の聞きなしとして知られる。
その他にも「本尊掛けたか」。
むかし、酒の大好きなモズは、ホトトギスの金を預かって、お仏壇の仏さまを買ってくると約束しながら、その金で酒を飲んでしまった。
それで、ホトトギスが毎年この頃になると、「本尊掛けたか」と鳴いて催促する。
モズは、そう言われると困るものだから、この時期は黙って出て来ないようにしているという話が残っている。
漢字のホトトギスは、「時鳥」「不如帰」「杜鵑」「子規」などいくつもある。
また、日本で作られた『地蔵菩薩発心因縁十王経』(地蔵十王経)には、「別都頓宜寿(ほととぎす)」と出てくる。
正岡子規は、血を吐きながら鳴くと言われるホトトギスと、結核で血を吐く自分の姿を重ね、自らを「子規」と名づけたのは、有名な話だ。
それから、今日の夕方、車で出ようとしたところ、目の前に長いひものようなものが落ちていた。
近づいてよく見ると、
何と、アオダイショウ!
ひかないように、車でそーっとよけて出ようとしたら、波打ったようになっていた身体がピンっと張ってそばのサツキの植え込みのなかへ。
暖かくなってきて、いろんなものが出てくるように。
こちらは忍足で退散。
5月16日(月)
昨夜は住蓮寺にて呉東組我聞会。
今月より毎月開かれることに。
『蓮如上人御一代記聞書』の103、104条の輪読。
103条の
今日の日はあるまじきと思へ。
(今日という日はないものと思いなさい。)
との蓮如上人の仰せ。
「明日という日はないものと思いなさい」と言うのなら分かるが、「今日という日はないものと・・・」。
それは、今日という一日もないと思い、今という一瞬を生き、何でも今すぐやっておきなさいというこころであろう。
大切なことであっても、どうしても延ばし延ばしにしてしまいがち。
刹那刹那を大切に。
ちなみにこの刹那(せつな)、仏教での時間の概念で、きわめて短い時間を表すことば。
その後、質問で「信心」とは?、信心を得るとは自力的な言い方なのか?などという質問が出た。
信心、念仏が通じなくなってきている。
信心とは南無阿弥陀仏である。これがなかなか現代には通じない。
それを問われたとき、何と答えたら良いのか。
やはり、信心とは何かと問われると、「願い」だと私は答えるだろう。
如来の願いをこころにいただくことが信心。
その願いが南無阿弥陀仏と口に現れる。
これを石泉僧叡和上は「法相(ほっそう)の表裏(ひょうり)」ということばで現した。
信心も念仏も如来より届いた願いである。
5月15日(日)
午後から小坪の薬師堂に。
毎年5月の日曜日、小坪自治会主催の法要にお参りしている。
薬師堂とは、螺山(つぶやま)のテレビ塔へ向かう車道脇に小さな祠があり、薬師堂の名が示すとおり、薬師如来の絵像が掛かっている。
この堂内にある縁起によると、江戸時代末期、上小坪に尾森惣右衛門という刀鍛冶がいて、その使用人おふさの夢に薬師如来が現れ、「我を小坪の地に迎え入れて篤く帰依すべし」とお告げがあったのだと。
そこで、広石内に祀られていた薬師如来を惣右衛門が迎え入れ、お堂を造って祀ったのが薬師堂の始まりだそう。
それ以来代々尾森家が守ってきたが、次第に風雨にさらされてお堂は朽ち、ご本尊は戦後心ない外国人に持ち去られた。それが昭和55年再建。
尾森家が小坪を離れるにあたり、平成10年より小坪自治会がこの薬師堂を管理している。
その薬師堂で、年に一度薬師如来の絵像前に置かれた阿弥陀如来像の前で、正信偈をおつとめし、御法話をさせていただく。
私は前後に予定が入っているのでバイクか車で登っていくが、小坪の方々は皆さん山を歩いて登ってお参りされる。
正信偈をおつとめしていると、ウグイスが響き渡る声で、「法を聞けよ。法を聞けよ。聞けよ聞けよ聞けよ・・・」とさえずる。
年に一度、そこまで登るのが健康のバロメーターともなっているようだ。
これも一つのご縁である。