専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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3月11日(金)
本日の東北地方を襲った地震・津波で被災された方、心よりお見舞い申し上げます。
今夜は仏教壮年会の役員会。
4月の総会に向けて、最後の役員会である。
今年は親鸞聖人750回大遠忌を記念して、仏教壮年会主催の落語会を秋に開催することとなった。
例年、秋に仏教壮年会法座を開いていたが、“もっとお寺にお参りを ”。
そんな思いから、普段来られない方も、落語を通してご縁にあっていただきたい。
それで、このたび笑福亭仁智師匠をお招きして、創作落語『親鸞聖人』をしていただくことになった。
笑福亭仁智師匠は、笑福亭仁鶴師匠の筆頭弟子。
蓮如上人500回遠忌のとき、創作落語『蓮如上人』で全国のお寺をまわられた。
お寺数珠つなぎ落語会として訪れたお寺は、500ヶ寺を越えるそうである。
そのときにメールでご案内をいただいたご縁で、このたびお尋ねしたところ、昨年秋から創作落語『親鸞聖人』をされているとのこと!
それで、是非とも『親鸞聖人』をお願いすることに。
まだまだ先のことだが、専徳寺で初めての試み「落語会」。
たくさんの方にお越しいただき、良いご縁となればと思う。
3月10日(木)
午後から仁方浄徳寺において、呉東組聞名講の例会が開かれた。
この一年の間に亡くなられた講員のご遺族と一緒に追悼法要も営まれた。
広真光寺御住職による法話の後、御示談。
信心について、蓮如上人の「心にかけて」の質問、それから呉東組親鸞聖人鑽仰会の「鑽」と「讃」の違いについて質問が出た。
「鑽仰」とは辞書に、
『論語』子罕(しかん)の「これを仰げば弥(いよいよ)高く、これを鑽(き)れば弥(いよいよ)堅し」に由来し、聖人や偉人の徳を仰ぎ尊ぶこと。
とある。
「讃」は言偏(ごんべん)であるから口でほめたたえる。
それに対して「鑽」はうがつの意味で、深く掘り下げる。深く極める「研鑽」の意味があるとご教示いただく。
その後、臨時役員会。
藤田講長が講長を辞され、次期講長には中野副講長が着くことに決まった。
3月8日(火)
今夜は仏教壮年会の例会。
先月は「鬼は外」、今月は「彼岸」をテーマに。
昨年彼岸のあらましは話したので、今回は浄土真宗であまり触れることのない十王の話。
初七日、二七日、三七日・・・七七日。
七日ごとに裁かれ、49日で次の生が決まる。
どうしてこのような思想が生まれてきたのか。
日本では末法到来、平安時代末期に広まっていく。
そして親鸞聖人は、
地獄は一定すみかぞかし。(『歎異抄』第二条)
とおっしゃった。
道徳・倫理観が欠如しているといわれる昨今、この「地獄は一定すみかぞかし」の意味を今一度考えてみよう。

これは、ネパールのカトマンズにあるスワヤンブナートのストゥーパ(仏塔)。
四方にすべてを見通す仏陀の智慧の目が描かれている。
見守っているぞ。見られているぞ。
3月6日(日)
今夜は、ここ専徳寺で呉東組の50歳までの僧侶の勉強会「我聞会」が、雨の降るなか開かれた。
現在、会員は8名。
組内の若院さんたちが京都からだんだんと帰ってきて、そこそこメンバーが増えてきた。
気がつけば、会のなかで最年長である。
住職同士は、いろいろな行事で顔を合わせることが多いが、若院の世代になると、組内での情報交換、交流の場が少ない。そんなこともあって、組内交流の場となる唯一の会である。
例会は輪読と法話。
【輪読】は、『蓮如上人御一代記聞書』を2条ずつ読み進んでいる。
今日は99条、100条。この『聞書』を読み始めて、50回目を迎える。
99条の
久遠劫より久しき仏は阿弥陀仏なり。
を現代語訳では、
阿弥陀仏は、はかり知れない昔からすでに仏である。
としているが、『浄土和讃』に親鸞聖人は、
弥陀成仏のこのかたは いまに十劫とときたれど
塵点久遠劫よりも ひさしき仏とみえたまふ
と説かれ、この「よりも」に注目すべき点があることに気づいた。
実はこれ、先月読んだ宮沢賢治の『ひかりの素足』に出てきた「にょらいじゅりょうぼん」。
そこから学んだことである。
【法話】は、若い方が中心なので、担当者が自らの法話の題材について話をし、そこから情報交換しようということで始まったものである。
今回その当番にあたり、近江商人の話を司馬遼太郎氏の『近江街道を行く』、五木寛之氏の『日本人のこころ』の一節をまじえながら話をさせていただいた。
この「させていただく」の話であった。