専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
11月10日(火)
今朝の中国新聞 朝刊 呉・東広島版に久々に広南小学校の記事。
一番奥にチラッと次男の姿。
昨日6年生の児童委員が代表して受け取り、お礼のことばを。
「里山を愛する会」
里山(さとやま)とは、集落、人里に隣接した結果、人間の影響を受けた生態系が存在する山をいう。(ウィキペディア参照)
亡き人の畑を受け継いでサツマイモを育て、その売り上げを広南小学校に寄付。
今後も継続して活動し、これから購入される本は「里山文庫」と名づけられて図書室に収まるそう。
石田会長は今年から専徳寺仏教壮年会総務。
新たに仏教壮年会会長に就任した山根会長とともにいろいろ地域でもご活躍。
先日、そのサツマイモを持ってこられた際、いろいろとお話を聞かせていただき、「ぶろぐにもぜひ」と。
長浜の山は、以前は上の方まで段々畑。
今は昔ほど畑もなくなった。
そして、畑をしている人の話題に出るのはイノシシ。
昔はいなかったから、山へよく登ったものだけど。。。
国連の定めた持続可能な開発目標、SDGs(エスディージーズ)。
本願寺でも御同朋の社会をめざす運動(実践運動)で「貧困の克服に向けて」を実践目標としているが、
この“里山を愛する会”の活動も、
4.質の高い教育をみんなに
子どもたちに本を贈ることで、いろんな学びの場を。
11.住みつづけられるまちづくりを
地域の方々が協力し合って、住み続けられる長浜に。
15.陸の豊かさを守ろう
陸の豊かさを守ることで、
16.海の豊かさを守ろう
目の前に広がる海の豊かさにもつながっていく。
と。
地域を守っていくことが、自らを守り、守られる世界に。
10月31日(土)
今日で10月も終わり。
連日の通り報恩講も、
広横路からただいま古新開へ。
先日、横路へお参りした後、黒瀬川の日の出橋から撮った一枚。
ヒドリガモが今年も帰ってきて一休み中。
9月のアナグマ。
ぶろぐに載せた翌日、市の農林水産課の方からお電話をいただいてビックリ。
「匿名の方から専徳寺さんにアライグマが出て困っていらっしゃるとか」と。
「アライグマでなく、アナグマです。。。」
「それに困っていると言っても、今のところ糞に困ってるくらいで、人に危害を加えるとか農作物やごみを荒らすという訳でもないので、少し様子をみたいと思います」と、静観することに。
1ヶ月ほど毎日糞はしていたけれど、10日ほど前から全く気配がなくなった。
どこかに行ったかな?
何はともあれ、お騒がせいたしました。
春に植えた淡墨桜も、葉がだんだんと枯れてきた。
先日、ネコよけシートがずれて、何ものかに派手に苔を掻きむしられたけど、何とかそれも復旧。
まわりがあまりにも寂しいので、何かあったらいいなと思っていろいろ探していたところ、ユキヤナギがちょうど植え付け時期。そこで、塀に沿ってユキヤナギを10本植えてみた。
花の咲いた姿をこころに思い浮かべながら。
今夜は阿賀の称名寺にて呉東組法中会。
階段を昇って境内に入ると、ライトアップされた鐘楼が目の前に。
そして、満月。
とってもきれいなんだけど、開けっ放しの本堂での会議はそろそろ。。。
明日から11月。
本堂のストーブも準備をそろそろ。
10月22日(木)
昨日はよく晴れた。
蒲刈の蘭島閣美術館で開催中の特別展、「はしもとみお彫刻展 海からはじまるいきものたち」再訪。
先月訪れたときは、子どものペースに合わせてさらっと観ただけだったけど、今回はじっくりと。
ちょうど昨日の中国新聞朝刊、呉・東広島版に紹介されていた。
ジュゴンに胎内仏?
入口にあったビデオでその製作過程や作品に対する思いを聞いてからじっくりと鑑賞。
どれも木彫り作品だとは分かっていても、何だかそれぞれに〈いのち〉〈生きてる〉〈ぬくもり〉を感じるから不思議。
11月23日まで開催(火曜日定休)
長浜から車で20分ほど。
ご興味のある方はどうぞ。
今日は朝から雨。
降らないほうがいいけれど、降ったら降ったで新しい発見も。
晴れてればスクーターで素通りしてしまうところを、今日は世話係のお宅に駐車させてもらって、傘をさしてゆっくりと徒歩で回る。
ふと、目に留まったのが両谷自治会館の掲示板横に「呉東組仏教壮年会連盟」と書いた掲示板。
こんな掲示板が設置されているなんて知らなかった。。。
と言うより、いつからここに。。。
午前中はパラパラと降る程度だったので、車を避けて裏道をゆっくり歩いてると、散り始めた金木犀のオレンジの花が道に広がったり、たわわに実った柿の実を眺めながらのんびりと。
そういえば、昨日のNHKあさイチで、不安やストレス解消には脳内に分泌されるセロトニンを増やすことがいいと紹介。《番組ホームページ》
その方法として、日光を浴びること、そして腹式呼吸。
お腹から息を吐きだすように歌うと、そのセロトニンが増加するのだとか。
と言うことは、毎日お腹から声出しての読経は、最高の健康法?
10月19日(月)
今朝は今月一度の広南小学校読み聞かせ。
コロナ禍の中、どっちの本にしようかと迷ったけど、せっかく与えられた貴重な時間なので、欲張って2冊読むことに。
担当は4年生。
1冊目に読んだのは、
比較的読むところの少ない『がまんのケーキ』(かがくいひろし)
みんないろんなガマンをして生活してるはず。
そこで「ガマン」をちょっと考える絵本。
こいたろうくん かめぞうさんは けろこさんを まつことが できるのか!? はたして3にんの ゆうじょうは!?
かがくいひろしが贈る、人情・ユーモア てんこもり! 絵本。(帯より)
このコロナ禍で、〈我慢〉と〈辛抱〉は違うといろんなところで見かけたけれど、どちらも仏教用語から。
《我慢》は、現在の〈辛いことを耐え忍ぶ〉とは反対の〈私の慢心〉という言葉から生まれ、《辛抱》は〈心法(自分の心をコントロールする)〉という言葉から生まれたとか。
それはそれとして、ちょっと楽しくガマンを考えてくれたらなと思いながら。
そして、2冊目は、
『だいぶつさま おまつりですよ』(文 苅田澄子 絵 中川 学)
以前読んだ『だいぶつさまのうんどうかい』の続編。
いろんな仏さまがたくさん出てくる中、大仏さまは大きすぎてなかなかお祭りを楽しめない。でも、その大仏さまだからこそのお祭りが。
今年は祭どころではなくなったので、お祭気分を楽しんで。
読み終わって、どっちが好きか尋ねると、『がまんのケーキ』が一人だけ、そのほかの子たちはすべて『だいぶつさま おまつりですよ』に手を挙げてくれた。
終わった後、読み聞かせをしてくださった方から、娘がSDGsのバッジを欲しがっていて、「大洲君のお父さんが付けてたよ」と教えてくれたとか。
輪袈裟の左側には東日本大震災の時の〈願〉バッジ、右側には実践運動の流れでSDGsのピンバッジをいつもつけている。
些細な事でも、見てくれる人は見てくれるんだな。
帰宅してすぐに通り報恩講。
今日は読み聞かせがあったおかげで、一軒目から声の調子良く。
10月15日(木)
今朝は少し気温が低い。
そのせいか、膝に時々痛み。。。
この春に着けていた膝サポーターを引っ張り出して再び。。。
今朝、広南小学校6年生が修学旅行に出発。
先月からの呉市のコロナ騒動で心配されたけど、無事今日を迎えることができた。
1泊2日、マスクを着けたままで大変だろうけど、みんなで楽しんで帰って来れるように願いながらお見送り。
今日は小坪(旧小坪地区)の通り報恩講最終日。
例年なら14日から16日まで専徳寺報恩講が執り行われるところだけど、今年は春の段階で、もし行えるとしても御満座の一席のみとし、8月にはアクリル板も用意したけど、それも目処が立たないため、中止決定。
今月12日に開催予定だった聞名講も10月に入って中止が決定。
昨日、小坪説教所の12月の報恩講、1月の御正忌も中止のお知らせをいただき、白石説教所の12月の報恩講も、今年は当番に当たっていたけど中止のお知らせをいただいた。
不特定多数の方が集まるご縁は難しいけど、各ご家庭をまわる報恩講は注意をしながら。
マスクを着けたままお参りさせていただくと、「お風邪でもひかれましたか?」と尋ねられるので、「えっ、、、コロナの感染拡大防止のために着けてます」と応えると、「そうですかぁ。大変ですねぇ。どうぞお気をつけて。」と笑顔で。
そんな笑顔で迎えてくださる方に、「感染させるようなことがあってはならない」と改めて思った瞬間。
今日は一緒におつとめしてくださるご家庭が多い地区。
正信偈のおつとめをしていると、途中から鼻をすする音が後ろから聞こえてくる。
風邪でもひかれたのかな?と思っていたら、「コロナでいろんなことが中止になる中、こうして報恩講を迎えることが出来て・・・」と感動の涙を。。。
最後に伺ったお宅では、家族は集まれないけれど、年回の法事も一緒にお願いしたいとご依頼があったので最後にお参りすることにしていたが、伺うと「お疲れでしょう。今日はもうおつとめはいいです。その代わりちょっと食事してってください」と言われたけれど、「今おつとめ先でマスクを外さないことにしていますし、会食はちょっとご遠慮させていただいてますので。。。」と。
どうやら、耳が聞こえづらくなってきているようで、おつとめさせていただいても、聞こえないというのが一つの理由だったよう。
そこで、コミューンのボリュームを少し上げて、正信偈をおつとめすると、最後まで一緒におつとめしてくださった。
法話の時には少し耳を傾けられたので、もう少しボリュームを上げると静かにうなずいて最後まで聞いてくださった。
声が届く
普段は当たり前のことのように思ってしまってるところもあるけど、このコロナ禍で改めていろんなことを大切に。
当たり前 ⇔ 有り難し