専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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12月10日(月)
今朝も冷え込んだ。
今朝は広南小学校読み聞かせ。
担当は2年生。
寒い日にはあったかくなる絵本を。
読んだ絵本は、

『ぼくのばしょなのに』 (刀根里衣 作)
イタリアを拠点にしている刀根里衣さん。
主人公のペンギンの名前の由来を表紙の裏に、
主人公のペンギンの名前はイタリア語でCucuと書きます。「カッコウ」または「カッコウ時計」を指す語で、からくり時計から出てくる鳥は「ククー」と鳴きます。また、子どもをあやすとき、顔を隠して、またのぞかせる「いないいない、ばあ」にあたるフレーズとしても使われるそうです。読み聞かせのさい、ククーをお子さんの名前にかえて、読んでみてください。
それをまず読んで、「ククーを自分の名前に置き換えて読んでみてください」と。
ペンギンのククーは、パパとママのおなかの下が大のお気に入り。
しかし、ある日のこと、自分だけのものと思っていたとっておきの場所が、
生まれてきたたまごにうばわれてしまいます。
「それならば!」と、毛布にくるまってたまごに変身することを思いつくククー。
はたして、その大切な場所を取り戻すことができるでしょうか。
パパとママがククーのためにクイズを出す。
その答えはただひとつ。
その答えが出るたびに、子どもたちから笑い声が。
そして、読み終わると、手を挙げていろんな感想を。
通り報恩講もあと少し。
12月7日(金)
今日は二十四節気の大雪(たいせつ)。
いよいよ寒くなってくるそう。
今朝9時から仏教壮年会のみなさんが、境内清掃。
当初、明日8日の予定だったが、明日は

歴史講演会が開かれるため、今日に変更。
昨日までの雨ですっかり落ちてしまった銀杏の葉をきれいに集めてくださり、本堂裏にたくさん実ってた柚子を収穫してくださったり。
おかげできれいになりました。
今日は沼田地区の通り報恩講。
お参り中は、それほど寒さを感じなかったが、お参りが終わって広南小学校へ向かうと、風が強くなってきて、いよいよ寒く。

昨年度までは1月下旬の午後に開かれていた持久走大会。
例年寒く、インフルエンザが流行っていたりする時期なので、今年から12月に。
そして、給食後に走るとお腹が痛くなるからと、給食前に。
また、エアコン工事をしているため、小学校と中学校のグランドをグルグルと。
1,2年生は800メートル、3,4年生は1200メートル、5,6年生は1500メートル。
みんな、最後までがんばって完走。
がんばってる姿に思わず拍手。
急な冷え込み、どうぞお気をつけて。
12月5日(水)
今朝、今年最後の法座も御満座。
雨上がりの暖かい朝。
12月なのに、蚊の姿も。
この暖かさは、エルニーニョ現象らしい。
異常気象。
何が異常で何が正常か分からなくなってくる。
それでも、雨でほとんど銀杏が落ち、7日の仏教壮年会の境内清掃に間に合った。
今朝の席では、村上志染の『水馬(みずすまし)』の詩を紹介してくださった。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
師走。
何かと忙しい、忙しいと心を亡くし、大切なことを忘れているなぁ。
ようこそのお参りでした。
法座が終わり、午前中報恩講参り。
そして、お昼前、このたびの豪雨災害で1階が土砂で埋まり、全壊被害となったご門徒さんが御本尊を持ってお参りに。
被害に遭ったお宅は、普段は住んでおらず、時々畑仕事をするために帰って来られた時に寝泊まりされている御実家。
お参りした後、お話を伺うと、土砂が1階に流れ込んだ勢いで仏壇が倒れ、倒れた拍子に仏壇の扉が閉まったようで、倒れたお仏壇の中には土砂が入らず、御本尊は無事だったとか。
その御本尊とお仏壇の上にかかっていた遺影だけを持ち帰り、11月下旬にその家屋を取り壊して、ようやく落ち着いたからとお参りに。
災害から5ヶ月。
これで、このたびの災害で全壊扱いとなったご門徒さん、みなさん御本尊を持ってお参りに来てくださったことに。
何とも有り難い。
午後から広島別院で「御同朋の社会をめざす運動」安芸教区委員会。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
そこで、またこの言葉をふと。
12月4日(火)
雨が上がり、霧。暖かい朝。
昨日に続いて、仏教壮年会・仏教婦人会法座。
朝席では、
「きっとそうだろう」
「きっとそうに違いない」
そんなふうに思い込んで、相手を理解しようとせず、自分勝手な姿で過ごしていませんか?
そんな私だから、阿弥陀さまが願い続けてくださっているとの話より。
昼席では、朝席に続いて、一方的にしか見れない私の姿より。
「阿弥陀さまは寝ずの番」
のお話。
小さな子どもに、「寝ずの番」なんてことを言っても伝わらないかも知れないけれど、このような言葉のない環境に育った人は、その後もご縁にあうこともできない。
「まんまんちゃん」
「ほとけさま」
そして、
「お浄土」
小さな頃からこの名前を聞き、口に出すから、ご縁に出遇ってその意味を。
昼席が終わった後、しばらく青空が広がっていたけれど、夕方にかけてまた雨。
庭の銀杏も紅葉もすっかり散ってしまった。
そして夜席。
杉山平一の『生』という詩を紹介してくださった。
生
ものを取りに部屋へ入って
何を取りにきたかを忘れて
もどることがある
もどる途中で
ハタと思い出すことがあるが
その時はすばらしい身体が先にこの世へ出てきてしまったのである
その用事は何であったか
いつの日か思いあたるときのある人は
幸福である
思いだせぬまま
僕はすごすごあの世へもどる
この世に生まれ、その用事を知らぬまま、迷いの中にいるままなのか、それとも迷いの世界を抜け出すのか。
その用事を知るご縁を。
ようこそのお参りでした。