専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
1月18日(木)
今日は早朝より宮原へ。
「布教使」という本願寺の資格を有していないので、他所のお寺へ出講することはしてないけれど、昨年末にピンチヒッターとして承ったご縁。
ナビをたよりに阿賀から海岸線を走って宮原へ。
今日のご縁は、宮原の真光寺御正忌報恩講。
細い道を車で上がり、海を見下ろすお寺へ到着。
講師部屋から海を眺めると、造船と自衛隊。
同じ呉の海でも、長浜の海とは眺めが違う。
でも、空は一緒。
こちらのお寺では、朝席のみの2日間。
8時からおつとめ、そのあと『御伝鈔』拝読に続いて、 8時50分から30分。
中休みを10分いただいて、また30分のお取り次ぎ。
それから、また中休みをいただいて、「お引きあげ」のおつとめに続いて30分のお取り次ぎ。
終わってみればもうお昼がそこに。
「お引きあげ」
他所のお寺の法座にお参りさせていただいて、初めてづくしのご縁。
自坊御正忌のご和讃を時間に合わせてアレンジしてのお取り次ぎ。
ようこそのお参りでした。
昨年継職されたばかりの若い住職様、坊守様に見送られ、再び海岸線を通って帰宅の途。
途中、阿賀の穏やかな海面に浮かぶ一羽の鳥に目がとまる。
「アビ」
広島の県鳥にもかかわらず、お目にかかることのほとんどない鳥。
何だかうれしく。
今夜は今年初めての専徳寺総代会。
1月16日(火)
おだやかな朝。
今日は宗祖親鸞聖人の御命日。
おかげさまで、朝席にて御正忌報恩講も無事御満座。
今朝は「仏光照曜最第一」のご和讃のお味わい。
続いてようこそのお参りでした。
朝席が終わり、総代さん方にお手伝いいただいて、バタバタと片付けて、葬式・法事へ。
葬式の後の法事が黒瀬への法事。
いつものようにスマホをカーナビ代わりに、時間どおりに到着。
終わってその帰り。
これまでSiriという秘書代わりのアプリを使ったことがなかったけど、そうだ!と思って、「自宅へ帰る」とスマホに向かって喋った。
すると、しばらくして返った答えが、
あなたの自宅の住所がわかりません。というか、あなたのことをまだ何も知りません。
と。
もう何年も誰よりも一緒の時間を過ごしてきたこのスマホにこんなことを言われてしまった。。。
何とも心がない。。。
久々にちょっと凹みながら帰宅し、ホッとお昼に一段落して、長浜郵便局へ用があって立ち寄ったら、何だか見覚えのある。。。 (えっ!築地本願寺??)
局の方に「これ、まだあります?」と尋ねると、「よかったぁ、最後の1枚です」と。
残っていた1枚とはこのチラシ。
切手シートと一緒にいただいて、ちょっとだけ元気に。
何だかんだといろいろあった1月16日。
1月15日(月)
今日も引き続いて御正忌報恩講。
朝席は、「智慧の光明はかりなし」
昼席では、「解脱の光輪きわもなし」
そして、夜席は「光雲無碍如虚空」、
中休みにおぜんざいの接待、
そして『御伝鈔』拝読とそのあと「清浄光明ならびなし」のお味わいと、一年で一番長~い夜の法座。
光触かぶるものはみな ひかりをみにふるゝといふこゝろなり
阿弥陀さまの光に触れるものは、身も心も和らぐ。
セトモノと
セトモノと
ぶつかりっこすると
すぐこわれちゃう
どっちか
やわらかければ
だいじょうぶ
やわらかいこころを
もちましょう
そういうわたしは
いつもセトモノ
みつを
和らぐといいんだけど、ついつい「セトモノ」の私に気づかされ、あさまし、あさまし。
今夜は親鸞聖人のご命日の前夜、おたんや(大逮夜)。
いろいろ探っていると、何と!「おたんやカレイ」というカレイ(鰈)がいるらしい。
ただ、「おたんやカレイ」という名前のカレイがいるのではなく、このおたんやの時期に釣れるカレイは、産卵後で身が薄く、猫もまたぐほど美味しくないのだそう。
安芸門徒の多いこの地方は、以前はどこの家庭も御正忌には精進料理をいただくため、「おたんやの市止まり」といって、魚市場はお休みだったが、需要と供給、今はそれも。。。
〈ちなみに、広島魚市場 吉文のブログによると、阪神淡路大震災の年まで1月13日、14日、15日と休みだったと。〉
今夜は中休みにおぜんざいの接待をいただいて、『御伝鈔』、後席と声もだんだんかすれ気味。
明日の朝席で御満座。
ようこそのお参りでした。
1月14日(日)
昨日まで3日間連続で張った手水鉢の氷も、今朝はなし。
今夜から御正忌報恩講。
例年どおり住職自勤で、16日の朝席まで。
今年は『浄土和讃』の「弥陀成仏のこのかたは」より六首のお味わい。
昨年の白石説教所、そして先日の小坪説教所でもしたけれど。。。
みなさんおなじみのご和讃なのでと、今回は配布資料を用意しなかったけど、御左訓を通して読んでいると、親鸞聖人は誰にでも分かるようにこうしてご用意くださっているのに、分かるだろうからいいかと思っていた我が身の姿を反省。
ちゃんと用意しておかなければと、急遽作成。
そこで、改めて聴聞の意味を探ろうと、インターネットで検索すると、「14の心で聴く」という言葉があちこちに。何だろうと思ってみたら、「聴」は耳偏に十+四+心。それで14の心で聴くのだと。
漢字の成り立ちから見ると、14は本来関係ないみたいだけど、それでも読んでみるとなるほどなぁと。
今夜は「弥陀成仏のこのかたは」のお味わい。
ようこそのお参りでした。