専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
1月9日(木)
今日から本願寺では御正忌報恩講。
こちらは昼席から明日の昼席まで小坪説教所の御正忌報恩講のお取り次ぎ。
このたびは、重誓偈を意訳したテキストをみなさんと一緒に読みながら。
夜席に向かうため、着替えようと支度部屋に入ると、畳の上に先客が・・・。
この寒いなか、そこにいたのは↓、
竈馬(カマドウマ)と呼ばれるバッタの一種。
午年の新年早々「馬」を見るとは、
こいつぁ春から縁起がいいわえ
さて、そんな縁起の善し悪しは関係ないとして、いろいろ考えさせられるご縁にはなったかな。
今夜から冷え込むそう。
暖かくしておやすみを。ようこそのお参りでした。
1月8日(水)
穏やかだった正月も終わり、今日は午後から冷たい雨。
いつもよりも1時間早い6:30スタートの1月例会。
1月例会は、重誓偈のおつとめと住職の短い法話で例会を終え、集会所に場所を移して新年互礼会。
ビールに熱燗、焼酎のお湯割りといただいて・・・。
いただきながらも、頭は明日の昼席からの小坪説教所、御正忌報恩講。
昨年は『御俗姓』原文をお配りして拝読した後、お話をさせていただいた。
どうも、聞くだけでなく、お土産というか、何か残るものがある方が良いのかなぁと思うので、今年は『重誓偈』の現代語訳を少しアレンジしてテキストに。
それはそうと、今日やしきたかじん氏が亡くなったことを知る。
一度だけ、一人ふらっと入った広島駅新幹線ホームの立ち食いそば屋で、隣同士、そばをすすったことがある。
朝からサングラス姿で立ち食いそばを隣で一人すする姿に、近寄りがたい何かを感じながら・・・。
それでも、同じ大学(龍谷大学)出身で、京都にいる頃はテレビでよく拝見していただけに、この度のニュースはいろいろと思うところが。
袖振り合うも多生の縁
何かの因縁があったのかなぁ・・・。
1月4日(土)
今年は急な予定も入らず、穏やかなはじまり。
「一富士、二鷹、三茄子」と、昔から初夢のことをいうが、初夢のことを調べてみると、四葬式、五雪隠(トイレ)なんていうところもあるらしい。
普段の夢でも見ないのに、そんな初夢見ることなんて・・・。
今年のNHK大河ドラマは、『軍師官兵衛』。
そして、来年が井上真央さん主演で『花燃ゆ』と発表され、吉田松陰の妹が主人公だと。
吉田松陰の出て来るドラマは、これまでいくつか見たことがあるが、僧月性は出てきても、宇都宮黙霖が登場したのを見ることがない。
このたび宇都宮黙霖が登場することを期待する声も少なからず出てきているようで、NHKのホームページに「ご意見・お問い合わせ」というのがあったので、そのことを意見させていただいた。
無理かも知れないけれど、大河ドラマで宇都宮黙霖が取りあげられたらなぁとの夢を描いて。
松陰の出会った頃の黙霖は30代。
もし出て来るとしたら、誰が演じるかなぁと。
今日、正月用の荘厳を片付け、明日から通常の法務に。
いずれにしても、今年も念佛日和な毎日を。
1月1日(水)
暖かく、穏やかな朝を迎えた。
午前9時より元旦会。
今年も昨年同様、リーフレットに『教行信証』の総序を載せて皆さんにお配りして、正信偈のあとに拝読。
本堂でお参りした後は、お内仏で長男(小4)の導師で讃仏偈のおつとめを。
そして、一段落してから、昨日のキャンドルのかたづけ。

いろんな願いが書かれているのを、一つ一つ片付けながら見させていただく。
一番多く書かれていた願いは、何といっても家族の健康。
受験合格のことを書かれている方も多かったが、自分のやってきた成果が現れますようにって書かれていたのが印象的。
そして、子どもたちの願いは・・・
子どもの方が敏感に世のなかのことを察しているみたい。
世のなか安穏なれ 仏法ひろまれ
今年もなもあみだぶつ。
平成26年1月1日(水)
除夜会の1時間ほど前から準備。
そして、参拝者が焼香して、住職・法務員・総代とご挨拶。
今年からは立礼とさせていただくことに。
その後、おのおの願いごとを書いてもらって、キャンドルに添えて親鸞聖人像の前にお供えしていただく。
願いごとを書いてもらうのは、願うことを知らなければ、願われていることなんて分からないから。
それと、小さな子ども連れの御家族も多いので、金子みすゞの「報恩講」という詩のなかにある、
お番の晩は雪のころ
雪はなくても暗のころくらい夜みちをお寺へつけば
とても大きな蝋燭と
とても大きなお火鉢で
明るい 明るい あたたかい大人はしっとりお話で
子どもは騒いじゃ叱られるだけど 明るくにぎやかで
友だちゃみんなよっていて
なにかしないじゃいられない更けてお家にかえっても
なにかうれしい ねられない「お番」の晩は夜なかでも
からころ足駄の音がする
今の時代でも、「なにかうれしい ねられない」という、そんなご縁があったらいいなぁと思って。