ぶろぐ

専徳寺のぶろぐです。

お寺のこと、地域のことを綴ります。


 

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石泉文庫虫干し法座 1日目

7月16日(月)

今日も青空の広がる暑い一日。

今夜から石泉文庫虫干し法座がはじまるので、昼からその準備。

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本を干すためのロープを本堂に張るのだが、総代・仏教壮年会の会員の男衆が力を出してピンと張る。

この張り方が緩いと、本の重みでだらりと下がってしまう。
なかなかの力仕事。

 

夜席より法座。

セミの鳴き声の中で、『般舟讃』。
そして、御講師は呉の明圓寺 竹田嘉円師。

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「仏教」
仏様の教えをいただくのは誰か?

いただくのは私。

ご先祖様を大切にするのは、私の命を大切に思うから。

本物を知っている人は、偽物がわかる。
本物を知らないから、偽物かどうかもわからない。

 

明日は朝席後、石泉文庫から本を運ぶ。
広南小学校6年生も手伝いに。
そのあと、石泉文庫と宇都宮黙霖の話を。

お誘いあわせてお参りを。

我聞会 7月例会

7月15日(日)

昨日とは打って変わって、青空のひろがる良いお天気に。

ツクツクボウシも鳴き出した。
やっぱり、昨日のセミは正しかった。

それにしても暑い一日。

 

今夜は呉東組若手僧侶の勉強会、『我聞会』の例会が当山専徳寺にて。

 

連休中ではあるが、世の中が休みの日には、寺は法事の予定が入っていたりするため、みんな自坊にいることが多い。
それで、こうした集まりは日曜日の夜が多い。

とは言え、暑いなか、5件の法事とお通夜を終えての例会は、少々厳しいものがある。

 

今日の『蓮如上人御一代記聞書』の輪読は(127)(128)。

(127)では、仏法のためなら、苦労を苦労と思ってはならないという蓮如上人のことば。
それを聞くと、疲れたなどとは言ってられない。
厳しいながらも良いご縁をいただいたということ。かな?

 

そして、法話は私が担当。

これまでいろいろ集めてきた絵本を通して、「いのち」についてお話をさせていただいた。

種村エイ子さんの『死を学ぶ子どもたち』を通して知った、「性の授業 死の授業」をされている金森俊朗先生の『いのちの教科書』を読んでいるところ。

 この書には、人生わずか十年ほどの子どもたちがからだから発し、自分や友を輝かせる生きた言葉が書かれています。
 一つひとつの子どもたちの言葉、表現は、そのときそのとき、仲間や私、そして子どもたちにかかわった多くの人たちを、つなぎ、生かしてくれました。(あとがきより)

子どもの言葉にハッとさせられることも。

「生涯勉強」。

祖母が亡くなる前に遺してくれた最後の言葉を思い出す。

2012年7月15日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

セミの初鳴き

7月14日(土)

今日は朝から大雨・洪水警報が呉市でも発令。

そのため、長浜こども連合会主催のイベントも中止に。

 

このあたりでは雨はそれほど降っていないが、これまでの雨の影響が心配。
九州地方では、「これまでに経験したことのないような大雨」により、大変な状況になっていると聞く。

このたびの九州地方の被災されたみなさまには、こころよりお見舞い申し上げます。

こんな状況が続くと、いつになったらやむのだろう。本当にやむのだろうか。
と、いろいろと心配がひろがる。

 

そんななか、今朝境内で、今年初めてセミの声を聞く。

私たちはいろいろと心配しているが、セミの世界ではもう大丈夫と土の中から出てきている。

長い土のなかでの生活から出てきたセミは、限られた時間を精一杯生きる。

 

そのセミが正しいものと思いたい。
梅雨明けもそろそろかなと。 

 

2012年7月14日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

呉東組聞名講 7月例会

7月10日(火)

青空のもと、午後から広の浄円寺にて、呉東組聞名講の7月例会。

たくさんの講員の方がお聴聞に来られた。

 

正信偈のお勤め。
浄円寺御住職による聞名講宛の御消息拝読。
西光寺御住職による法話。

そして、御示談
今日出た質問は3つ。

まずは、「御示談(ごじだん)」とはどういう意味でしょう?という質問。

蓮如上人の頃、僧侶の説く教えを一方的に聞くだけでなく、それを聞いた後、お互いの領解を語り合い、誤りを正していく方法が取られるようになったことにはじまる。

今、「示談」といえば、裁判をしなくても良いように、双方が話し合って解決する方法という意味で使われているが、もともとはそんな意味。

 

次の質問は、「聴聞」。
どちらも「きく」という字が使われているが、「聞」でなく「問」でないのはどうしてでしょう?

この質問は、問いを持って聞くのでは?という思いから起こった質問。

問いを持って聞くには、そこに自らのはからいがはたらく。
親鸞聖人は『御本典(顕浄土真実教行証文類)』の「聴聞」という字に、「ゆるされてきく、信じてきく」という意味を添えられた。

この「聴聞」、法を聞くことからお寺に参ることもすべて「お聴聞」と呼ぶようになった。
そして、「お聴聞」を通していただいたこころを「お味わい」と表現するようになる。

自分がしているのに、させていただいている。
お味わいの世界である。

 

そして、最後は聖典に載っているお経。
いつ、何のお経を読むと決まっているのでしょうか?という質問。

別に決まりはないのだが、多くの方がいつも家で読んでいるのは、正信偈か、重誓偈・讃仏偈と答えられた。
重誓偈や讃仏偈を読む理由で多いのは、「短いので」という答え。

お経を読むのは、仏徳讃嘆。
ほとけさまの徳をほめたたえること。

「忙しいから短いのを」という気持ちは分かるのだが、その場合ほめたたえるよりも、時間がないのでごめんなさい!という気持ちになりがちではないだろうか。

たとえ短くても、こころをゆったりと。

 

今日はそんな御示談で閉じる。
ようこそのお参りでした。

2012年7月10日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

講師部屋の屋根、崩壊

7月9日(月)

昨夜、仏教壮年会の例会中、専徳寺の講師部屋の天上に穴が開いて、そこから雨水が漏れているのが見つかった。

例会が終わった後、例会に参加していた総代さん方にそれを見ていただく。

先月、庫裏の降り棟が崩れ、修復の目処は立ったが、今度は・・・。

 

今朝、広南小学校の読み聞かせが終わって寺に戻ると、仏教壮年会の副会長Sさんが屋根に上がって状況を見てくださった。

何と、木が倒れ、おとなが一人入れるほどの大きな穴が開いていると。

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それで、急遽総代さん方に連絡し、手伝っていただき、それを撤去することに。

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裏の木が倒れ、屋根に大きな穴。

応急処置として、倒れた木、壊れた瓦、屋根裏に散らばった瓦や木などを取り除いていく。

倒れた木は、2本。

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いつ、どういう形で倒れたのか分からないが、大きな木が瓦の上に落ちてきたものだ。

 

畳や絨毯、いろんなところに被害があったが、それでも、不幸中の幸いというか、誰も怪我がなくてよかったと一安心。

ひとまず、これで水曜日からの雨に備えることが出来る。
総代さんや、お手伝いいただいた方に感謝。

2012年7月9日 | カテゴリー : 災害 | 投稿者 : sentoku