ぶろぐ

専徳寺のぶろぐです。

お寺のこと、地域のことを綴ります。


 

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長浜小学校 創立記念日

2月10日(金)

今日は呉市立長浜小学校としては最後の創立記念日。

139周年目の創立記念日だそう。

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各学年の代表者が、長浜小学校の思い出を、卒業生である親や地域の方に聞いて、それぞれに発表。

そして、校長先生が、校章や校歌の話を写真を見せながら紹介。

昔の長浜小学校を中心とした長浜の姿がいろいろと映し出された。

 

 

そのなか、路面電車の終点(入江神社前)で牛が何か荷物を曳いている写真として紹介された。

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今日紹介された写真とは、どうも違うようだが、同じような写真が専徳寺にも残る。

昭和28(1953)年4月26日、戦時中に供出されたため無くなっていた専徳寺の梵鐘を新しく迎えた時の様子。

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広駅に到着した梵鐘は、牛に曳かれ、お稚児さんの大行列を従えて長浜へ。

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長浜小学校・中学校をまわって専徳寺まで大行列。

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長浜小学校も中学校も、もちろん当時は木造校舎。

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現在、長浜小学校全校児童51名。
一番多いときは、昭和16年の990名だったそう。

時代の流れを感じるが、海の穏やかさは当時のまま。

 

受け継がれてきた長浜をこれからも大切に。 

2012年2月10日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

仏教壮年会 2月例会

2月8日(水)

今夜は仏教壮年会の2月例会。

一日大変厳しい冷え込み。お内陣からの冷気がこたえる。

 

今日のテーマは、『魔』。

昨年も節分に因んで鬼の話をしたが、今年は「魔」。

「病魔」・「睡魔」、「魔が差した」など、いろんなところで聞くこの「魔」。

豆まきをして「魔を滅す」ともいわれるが、この魔は私たちのこころ。

さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし。(『歎異抄』13条)

そのこころに気づかせていただくのが大切なこと。

 

鈴木大拙氏が『妙好人』で紹介された石川県珠洲市の栃平ふじさんの、

私は鬼の子である おやである
 慚愧歓喜のお念仏 南無阿弥陀仏

私は仏の子である おやである
 清き歓喜のお念仏 南無阿弥陀仏

のことばを味わう。

寒いなか、ようこそお参りくださいました。

2012年2月8日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

仏教婦人会新年会

2月7日(火)

午前11時より仏教婦人会の新年会。

例年どおり、おつとめに続いて住職が法話。

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如月忌(きさらぎき)

今日は「如月忌」といって、九条武子夫人の御命日(昭和3年(1928)2月7日・42歳)。

九条武子夫人は、義姉 大谷籌子お裏方(本願寺第22世 大谷光瑞ご門主夫人)とともに、仏教婦人会を創設。
関東大震災で被災されたにもかかわらず、復興事業を身を粉にして尽力された。

興味深いエピソードを知り、その話を交えながら、偲ばせていただく。

  朝日新聞ホームページより

当時のことを考えると、大変なご苦労もあったことだろう。

それでも、臨終に際して、義兄 木辺孝慈氏(錦織寺第20世)の法話、

最早この世の人としてはお別れせねばなりませんが、どうぞお慈悲にすがって、お浄土におまいりなされますように。次に起こすは、還相回向のはたらき。どうか再び娑婆世界に還って、弥陀大悲のおいわれをお伝へなされるやう。

御開山聖人はご和讃に、

 安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかへりては
 釈迦牟尼仏のごとくにて 利益衆生はきはもなし

と仰せられておりますから、あなたもどうぞ、お釈迦さまの通りになって還っていらっしゃい。お待ち申しております。

のことばに、

また来ます。

とただ一言答えられたのだそう。

 

法話のあと、集会所にて会食。

寒いなか、ようこそのお参りでした。

2012年2月7日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

節分

2月3日(金)

今日は節分。

朝、昨夜降った雪がうっすらと残る。

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まだまだ寒さは厳しいようだが、暦の上では明日が立春。

そして、今日は「鬼は~外、福は~内」。

人間は弱いもので、何かいやなこと、悪いこと、苦しいが重なると、何とかしてそれを追い払おうと考える。

鰯の頭も信心から

学生時代に京都で節分に柊に刺した鰯の頭が玄関先にあるのを見て驚いた。

また、恵方巻にも驚いたが、今では全国どこでも見られるように。

 

来たる2月7日は如月忌。

仏教婦人会を設立されたり、関東大震災の復興事業に奔走された九条武子夫人の御命日。

おほいなるものの ちからにひかれゆく わがあしあとの おぼつかなしや

どんなにお念仏をよろこぶ身とさせていただいても、私が歩んでいる道は、何ともおぼつかない。

ふらふらっとしてしまう人間の弱さ、自分のこころに気づかせていただくのも、この節分。

葬式 ~読経の意義~

2月2日(木)

今日は大変寒い一日だった。

叔父(前住職の弟)が一昨日亡くなり、昨夜お通夜、今日お葬式が専徳寺本堂にて営まれ、導師を勤めさせていただいた。

晩年は専徳寺総代、仏教壮年会でもいろいろと専徳寺の活動にご尽力いただき、その最後を見送らせていただく。

ただ、僧侶として、何が出来るというわけでもない。
僧侶として出来ることは、ただお経を読み、お念仏をとなえるのみ。

しかも、それは亡くなった叔父のために読経したり、念仏をとなえるのではない。
叔父にいただいたご縁を通し、御本尊の前でほめたたえる。

『吉本隆明が語る親鸞』のなかに、

『三帖和讃』は「和語の教行信証」とも呼ばれ、親鸞が称えた教義をより多くの人が体得していく大きな手助けとなってきたことだろう。その一方で、和讃を「労働歌」として授かった民衆は、日々の暮らしのなかで我知らず口ずさみ続け、いつしか、自然と教義を身に沁み込ませていったはずだ。その意味において和讃は、日本の賛美歌であると同時に、ブルースであるといっても過言ではないかもしれない。

と述べているが、私も読経とは、ある意味ソウルミュージックに通じると以前から思っている。
ソウルミュージックとは、感情(魂)のこもった音楽。
如来よりいただいた願いに対し、こころからそのよろこびを声に表すわけであるから、自分の持っている最大限の力を出さなければ。

昨夜も今日も非常に空気が冷たく、内陣から吹き込んでくる冷気は、まるで冷蔵庫の扉を開けて、その前でお経を読んでいるかのよう。
喉は乾燥し、声が出しづらい状況ではあったが、自分なりに精一杯の読経はさせていただいた。

読経は、意味の分からない呪文のようなものだという声も聞く。
だからといって、それを現代語訳にしたものをただ読めば良いかといえば、そうではない。
それは相手に読み聞かせるためのものではなく、私のこころのあらわれであるから。

丁寧にこころをこめて仏徳讃嘆。

 

親鸞聖人が流罪に処せられるきっかけとなったのも、後鳥羽上皇の女官 鈴虫・松虫の出家。

住蓮房・安楽房の『礼讃』の声に惹かれたためともいわれる。

 

読経をどのように受けとめてくださっているかは分からないが、お念仏をとなえる助け、ご縁となれば幸いである。

 

お寒いなか、ようこそお参りくださいました。