彼岸の入り

9月20日(月)

3連休の最終日、今日は敬老の日。
そして、彼岸の入り。

日中はまだまだ30度近くまで気温は上がるけど、朝晩は秋らしく。

 

夕方、もう車の出入りもないだろうと、境内に水を撒き、清掃。

やっと終えて、後は落ち葉をかき集めて棄てるだけと思っていたところに、車が一台。。。

しかもきれいにしたところに奥まで。。。。

全部終わった後で入ってくると、それはそれで仕方ないと割り切れたかも知れないけれど、「あともう少しで」と思うと、これが複雑。

でも、せっかくここまでしたのだからもう一度。

そう思って轍を消すように箒で掃いていくのだけれど、気のせいか荒々しく。
心の中で「落ち着いて落ち着いて」と言い聞かせながら。
いつも笑って「おでかけですか?」と言えるレレレのおじさん、またそのモデルと言われるお釈迦さまのお弟子さん、周梨槃特しゅりはんどく周利槃陀伽しゅりはんだか)のようにと思いながら。

 

明日からいよいよ報恩講参りが小坪地区よりスタート。

 

懸魚

9月17日(金)

台風14号が接近中。

 

植物や昆虫の名前、その由来を調べてみると、なかなか面白い。

その延長でお寺の中にもいろいろな動植物の彫刻があるので、それを調べてみると、これもなかなか奥深い。

本堂正面、向拝ごはいには中央に鳳凰が羽を大きく広げて参拝者を迎える。

屋根瓦の下に、屋根に添って付けられた板を破風はふいたといい、その破風板に吊り下げるように付いているこの鳳凰の彫刻を「ぎょ」と言う。
ただし、この向拝はから破風はふと言う建築様式なので、から破風はふの懸魚は「卯毛うのけどおし」とも呼ばれるそう。

懸魚げぎょ

破風はふ〉は風雨から建物を守ったり、火事の場合に火が屋根裏に入るのを防ぐために付けられたもので、〈懸魚〉にはそれに加えて、水の中に棲む魚を懸けることで、「水をかける」と言う意味から火事避けとして取り付けられたのが始まりだそう。

ちなみに、むくり屋根の本堂の破風板に付いているのは、比較的よく見られるカブラのような形に見えるかぶら懸魚げぎょ

山門の懸魚も蕪懸魚。

南門の懸魚も蕪懸魚。

蕪懸魚には、六角形の飾りが付き、そこからニョキッと何かが出ている。

この飾りと同じようなものが本堂廊下の長押なげしと呼ばれる横木にも。

釘隠くぎかくしでもあるこの六角形のものを〈六葉ろくよう〉と呼び、その中心から出ている棒を〈たるくち〉、その根元にある菊の花のようなものを〈菊座〉、もしくはこの釘隠のように饅頭型をしているのを〈円座えんざ〉と言う。
これも「樽酒の口を栓で止める⇒水を注ぎ出す」という意味で、火事避けを現しているとか。

そして、この六葉に見られる6つのハート。
これはハートでなく、〈猪目いのめ〉と呼ばれる文様で、こちらも火事避けだとか。

 

 

木造建築で一番怖いのが火事。

火事で大切な建物が失われないよう、昔の人はそんな願いをこうした形に表したのかな。

 

その他にも、

海老えび虹梁こうりょう

海老のように湾曲した虹梁。

かめ

格天井ごうてんじょうに使う湾曲した天井隅の部材のこと。

さば

門扉などに付いている装飾金具。

鮟鱇あんこう

雨樋の軒樋から立樋に移行する部分の集水器。

そして、

かえるまた

寺社建築の名称には、何だか水に関係するものの名前が多い。

これらもそう言う意味があるのかな?

 

専徳寺の懸魚(卯毛通)にもう一つ。

本堂からの庫裏への渡り廊下には唐破風の卯毛通に鶴の彫刻。

この唐破風は本堂の屋根と重なる一部だけ檜皮葺で寺紋入りの不思議な建築。

 

鶴は千年。

鳳凰は、「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」瑞鳥とも言われる。

〈聖天子〉とは、徳の高い帝という意味だそうだけど、お釈迦さまが入滅されて五十六億七千万年後に降下される弥勒菩薩の時に現れるのかな?と勝手な想像。

でも、そのくらいずっとお念仏のご縁が永代にわたって続きますようにとの先人の願いをもって造られたのかなぁと。

大切に。

 

 

 

 

鈴虫

9月15日(水)

雨が午前中に上がったけれど、ずっと曇り空のせいか、庭から虫たちの声がよく聞こえてくる。

草むらに近づくと、バッタがピョンと。

鮮やかな黄緑色のバッタ。

トノサマバッタ?と思ったけれど、ツチイナゴの幼虫らしい。

涙のように目から流れる黒い帯が付いているのが特徴。

イナゴといえば茶色をイメージしていたのだけれど、このツチイナゴ、成虫になると茶褐色に。

ツチイナゴは、冬を越す虫だそうで、幼虫で過ごす夏はまわりが緑。成虫になる秋から冬は、まわりが枯れた色。

季節に応じて色が変わる。

 

 
 
 
 
 
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浄土真宗本願寺派 嶺宿山 専徳寺(@sentokunet)がシェアした投稿

 

夜、聞こえてくる虫の声が、今日は昼間からよく聞こえる。

まだ、ツクツクボウシが鳴いている。

そして、姿は見えないけれど、鈴虫の声も。

 

鈴虫といえば、法然聖人・親鸞聖人が流罪となった承元の法難。

その発端となったのが、後鳥羽上皇が熊野詣の間に、法然聖人門下の住蓮・安楽が開いた六時礼讃念仏会に宮中の女官たちが密かに参加し、そのまま出家するものもいた。
そのことを後で知った上皇は激怒し、住蓮・安楽は死罪、法然聖人・親鸞聖人は流罪となった。

その時に出家した女官に鈴虫、松虫がいたという。

 

先日、ご門徒さんより、

鈴虫・松虫のお墓に行ってきました。
広島にあるんですねぇ。
今度、みなさんに鈴虫・松虫の話も聞かせてくださいね。

と言われ、??と思って調べたらすぐに出て来た。

生口島にある光明坊という真言宗泉涌寺派のお寺。

【参考】光明坊|日本伝承大鑑

ここで鈴虫・松虫は亡くなったと伝えられ、法然聖人も立ち寄られたとか。

 

コロナが落ち着いたら、しまなみ海道を通って、一度お参りしてみたい。

 

 

 

閻魔蟋蟀

9月10日(金)

朝、「廊下に虫が!」

との声を聞いて、廊下に出てみると、

すぐにコオロギとは分かったけれど、何コオロギ?
と、とりあえず写真に撮って、そっと手のひらに入れて庭に離す。

調べてみたら、エンマコオロギ?

エンマコオロギ

漢字で書くと、〈閻魔蟋蟀えんまこおろぎ〉。

何と、学名も〈Teleogryllus emma〉、英名も〈emma field cricket〉、「閻魔」が付くそう。

こんな小さな虫がなぜ閻魔?と思ったら、

眉のように見える帯が、閻魔大王の忿怒の顔を思い浮かべるから、そう名づけられたとか。

 

閻魔

お聖教の中で「閻魔」はあまり聞いたことないなぁと思って調べてみたら、源信僧都の『往生要集』には出てくるけれど、七高僧の他の六祖には見られない。

親鸞聖人は、息子善鸞義絶のことを性信坊へ知らせたお手紙の中に、

もしこのこと、慈信(善鸞)に申しながら そらごとをも申しかくして、人にもしらせずしてをしへたること候はゞ、三宝を本として三界の諸天善神・四海の竜神八部・閻魔王界の神祇冥道の罰を、親鸞が身にことごとくかぶり候ふべし。
自今じこん以後は、慈信におきては、子の儀おもひきりて候ふなり。(『親鸞聖人御消息』註釈版聖典753~754頁)

と、一箇所だけ〈閻魔〉の言葉を使用。

 

広島県では、9月12日までの緊急事態宣言が、9月30日まで延長決定。

それを受けて、9月27日から予定していた石泉文庫虫干し法座は中止

ただし、虫干しだけはしておきたいので、10月末に虫干し作業だけ行うことでただいま調整中。

 

秋季彼岸会は、当初の予定どおり9月23日(木)朝9時よりおつとめだけして、法話はなく、法話の代わりに『念佛日和』特別号を配布予定。

昨年のお彼岸は1週間、和傘を使ってライトアップをしたけれど、今年はなし。

先日お参り先で、昨年のライトアップを見に来てくださった方が、「虫の声がすごかった」との感想を。

 

こちらは毎晩聞いてるので、それほどにも思わなかったけれど、秋の虫の声、大合唱。

360度サラウンド。

360度閻魔さま。。。

 

 

正信偈 2

9月8日(水)

昨日、1冊の絵本を贈っていただいた。

先月、出版されると知って、すぐにAmazonで予約。

お届けは9月末。

ただ、出版元では販売が始まってると後から知ったけど、しばらく楽しみに待とうと思っていた矢先のこと。

『絵ものがたり 正信偈 2』。

 

前作『絵ものがたり 正信偈』。

 

この絵本を読んだことをご縁に浅野執持師に御講師として来ていただき、そこでこの続編の話をお聞きして、ずっと楽しみにしていた。

それがこのたび。

 

前作と違い、今作はALL僧侶の作品。

絵を3名の浄土真宗本願寺派の僧侶が描く。

切り絵、水彩画、消しゴムハンコ。

それぞれ素敵な絵に、正信偈の御文をやさしく。

 

今作は、七高僧のうち、龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師についての絵本。

と言うことは、また続編もあるのかなと期待しながら。

 

 

 

 

秋明菊

9月7日(火)

春に女郎花おみなえしの側に鉢植えから地植えした秋明菊しゅうめいぎくが咲き始めた。

切り戻しした桔梗がまた少し咲き出したけど、ずっと咲いていた女郎花は少し色がくすんできた。

そこへ白い秋明菊。

菊と名前は付いていても、菊の仲間ではなく、キンポウゲ科、アネモネの仲間。

中国原産の植物で、古い時代に持ち込まれた帰化植物だそう。

 

中国では「秋冥菊しゅうめいぎく」。

日本の「明」とは反対の「冥」。

日本では、「冥途(冥土)」と結びつき、良い意味ではないからと、「秋明菊」と名づけられたそうだけど、「冥」には、〈暗い〉という意味の他に〈奥深い〉という意味があるそう。

本来は、秋に咲く奥深く幻想的な菊、そんな意味だったのかなぁ。

 

〈冥途〉とは、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の世界。

設我得仏 国有地獄餓鬼畜生者 不取正覚

阿弥陀さまの四十八の願いの一番最初に出てくるのが、お浄土に地獄・餓鬼・畜生の三悪道のない世界を。

設我得仏 国中人天 寿終之後 復更三悪道者 不取正覚

そして、その次に、お浄土に生まれたものは、その後三悪道に生まれることはないことを誓われた。

 

〈冥〉でなく、〈明〉の世界に。

お彼岸が近づいてきた頃に咲く花に、そんな勝手な思いを。

 

このコロナがなければ、例年9月8日に仏教壮年会・仏教婦人会共催で、『ビデオと講演の夕べ』を開いていたけれど、今年も昨年に続いて中止。

そこで、このたびは『お彼岸 秋』(本願寺出版社)をお届けするよう、袋詰めが完了したので、近々会員の皆さまのお手元に。

 

台風一過

8月10日(火)

台風9号も過ぎ、今日は青空。

今朝、今年2つ目の大名蓮が咲いた。
風で少し傾いたけど。

咲いたと言っても半開き。

全開となるのは、明朝かな。

 

恐らく今夏最後の蓮の花。

明後日の天気は大雨の予想なので、明日が見納めかも。

 

きれいに咲いてくれれば、これで今年株分けした蓮、4鉢ともすべて花をつけることに。

 

おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり  西行

 

ちゃんと願いが届いて、南無阿弥陀仏の花開く。

うてな

7月30日(金)

今朝、同時に2輪の案頭春が。

写真で見ると大きく見えるけど、実際には

直径10センチほどの小振りな蓮。

緑の葉っぱに赤い蓮、そして鮮やかな黄色の花托。

蝉時雨の中、清涼と。

 

露の身は ここかしこにて 消えぬとも
 こころは同じ 花のうてなぞ (法然聖人)

流罪で四国へ赴く法然聖人が、九条兼実公への返歌として詠まれたそう。

《参考》浄土宗 大本山 増上寺ホームページ

 

うてな」とは、漢字で「台(臺)」とか「蕚」と書き、『源氏物語』にも、

はちす葉をおなじうてなと契おきて露のわかるるけふぞかなしき

と、古来よりお浄土を蓮台で表現。

 

そして、親鸞聖人はお名号に蓮台。

蓮はお浄土を想う花。

夏たけて堀のはちすの花みつつ仏のをしへおもふ朝かな

昭和天皇もお詠みに。

 

明日もきれいに咲きますように。

案頭春 2021

7月28日(水)

今朝、赤い蓮《案頭春あんとうしゅん》が開花。

先日咲いた大名蓮は大輪。
こちらは少し小さめ。

「案頭」とは、机上を意味するそう。

と言うことは、《案頭春》とは、机上の春。

机の上に飾れるくらい小さい花ということかな?
でも、春???

9時前には萎んでしまったので、明日の早朝全開でしょう。

 

池中蓮華ちちゅうれんげ 大如車輪だいにょしゃりん 青色青光しょうしきしょうこう 黄色黄光おうしきおうこう 赤色赤光しゃくしきしゃっこう 白色白光びゃくしきびゃっこう 微妙香潔みみょうこうけつ

お浄土の蓮は、車輪のように大きいらしい。

《案頭春》、スケードボードの車輪よりは大きいかな。

 
明朝を楽しみに。

願い

7月7日(水)

今日は七夕。

願いごとを記した短冊をあちらこちらで。

これは乞巧奠きこうでんと言う中国の風習に由来するそう。
技巧を乞う。
織り姫様にあやかって裁縫の上達などを願う儀式だったとか。

「願いが届く」
「願いが叶う」

願いが成就した時は、何とも言えない喜びがある。

 

今朝、2つの願いに望みが。

1つは、蓮の蕾が1つ。

昨年の蓮を、今年は蓮根から育て、毎日毎日声をかけながらじっとこの時を待っていた。
でも、他所の蓮が開花したと言うニュース等を見ると、ダメだったのかなぁ。。。と心配に。

それが、昨日はなかったはずなのに、朝蕾が1つ。

これは嬉しい。

 

そして、もう1つ。
ヒマラヤスギにキジバトが戻ってきて、また抱卵を。

先日から姿を見かけるようになったので、ひょっとしたらと期待していたら、今朝前回の巣に。

でも、喜ぶのも束の間。。。
昼から庭木の剪定で職人さんが機械を使っていたから、ちょっと心配。
夕方、巣を覗くとキジバトの姿が見えず、白い卵だけが。。。

求不得苦。

 

願いが叶うのには時間もかかる。
早く早くと焦らずに。

五劫思惟之摂受

阿弥陀さまは五劫と言う長い時間を。

早く早くと焦らずに。