11月1日(火)
今日から11月。
午前中はパラパラ雨が時折落ちてくる中、広古新開の通り報恩講へ。
そして、午後から重点プロジェクトリーダー研修協議会が広島別院にて。
「宗門実践目標達成にむけた取り組みについて」と題し、山口教区重点プロジェクトサブリーダー 荻隆宣氏を講師に迎え、子ども食堂やおてらおやつクラブ、フードドライブ、フードパントリーなど、具体的に取り組んでこられた話を聞かせていただく。
そのあと、教区内の各組の取り組みの現状等。
今できることを少しずつ。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
10月18日(火)
今日は午前中、広南中学校関係者評価委員会に。
各学年をそれぞれ参観。
広南劇場が一段落し、日常が戻った感じ。
そして、午後は呉東組総代会。
新体制に代わった途端に、コロナ禍を迎え、ずっと行事が中止となっていたけれど、感染者数の減少で久しぶりの開催。
総会に引き続いての研修会は、御講師に安芸教区教務所長(広島別院輪番)の榮 俊英師を迎えて。
研修テーマ『総代としての有様 と 宗派、教区の現状について』
山で道に迷ったとき、まずは自分の位置を知ることが大切との話から、「総代」が〈宗門〉の中でどの位置に当たるか組織図を見ながら。
そして、「宗門総合振興計画」と「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」について、新しくなられた総代の方もおられたので、丁寧に。
そのあとは、久しぶりの懇親会。
10月11日(火)
今日は午後から阿賀宝徳寺にて呉東組聞名講の10月例会。
このたびは法話も担当。
報恩講と言うことで、法中は聞名講お揃いの衣体を着けての法要。
例年この報恩講で冬用衣体を着けるので、それに合わせて布袍等も冬用に替えていたけれど、今年は先週から急に冷え込んだりして、すでに布袍は冬用に。
今日の法話は、
無慚無愧のこの身にて
まことのこころはなけれども
弥陀の回向の御名なれば
功徳は十方にみちたまふ
先日仏教壮年会でも話した「称」の話より。
「称」は御なをとなふるとなり。また称ははかりといふこころなり。(尊号真像銘文)
その後の御示談は、
浄土真宗は、「祈りなき宗教」と云われます。辞典には、「祈り」の意味合いを次のように示されています。
①神や仏に幸いを請い願う。
②心から望む、希望する、念ずる。一般的には、「みなさまの健康をお祈りします」「ご多幸をお祈りします」「ますますのご発展をお祈りします」「平和を祈念する」「黙祷」などと使用されます。
私は、浄土真宗では「祈る」という間違いやすい言葉を使わないと聞いています。しかし、日常用語でもあり、安易に使われている「祈る」の意味をあなたはどのように捉えていますか?
と、役員さんからの質問用紙への回答より。
そんな中、法中より本願寺が「祈り」公認との記事が新聞の一面を飾ったことがあると。
帰って調べてみたら、『毎日新聞』2002年12月10日の記事であると分かった。
「祈り“公認”浄土真宗本願寺派」
合格祈願や無病息災といった現世利益を求めないため、「祈らない宗教」とされてきた浄土真宗本願寺派(京都市下京区、本山・西本願寺)の教学研究所が、「祈り」について「宗教の原点であり本質だ」と“公認”する見解を示していたことが9日、明らかになった。
浄土真宗は宗祖・親鸞聖人の時代から、現世の欲望から来る祈りを「不純な動機に発する行為」と否定してきた歴史がある。門信徒数公称1000万人、末寺1万を誇る国内最大の伝統仏教教団の変化が、宗教界や他の真宗門信徒らに与える影響が注目される。
宗派の国会にあたる定期宗会で、祈りを否定する考え方に疑問を投げ掛ける質問に対し、“内閣法制局長官”ともいえる教学研究所長の大峯顯・大阪大名誉教授(宗教哲学)が答弁。「『祈り』とは聖なるものと人間との内面的な魂の交流であり、あらゆる宗教の核心。『祈り』の概念は現世利益を求める祈とうよりも広く、祈りなくして宗教は成り立たない」と明言した。
浄土真宗では、阿弥陀仏への感謝の心で念仏を唱える時、浄土に往生して仏になることが決まるとされる。信心や修行など人間側の力(自力)を超越した阿弥陀仏の力他力)が教義の根幹にあるため「他力本願」の言葉が生まれ、「健康をお祈りします」といった表現でも「念じます」と言い換えるのが正しいとされてきた。
しかし、世界規模の宗教間対話が行われる時代の流れが、変化を促した。
他のあらゆる宗教が「祈り」を持つ中で、大峯所長は「(真宗では)祈りの概念を論理的に整理してこなかったため矛盾感が表面化してきた」と説明。「言葉の表面的な意味で『真宗は祈らない』と単純に割り切るのは教条主義だ。死への恐怖といった人間の根源的な問題に答えず、『現世利益は求めない』と言っても説得力がない」と話す。また、真宗大谷派(京都市下京区、本山・東本願寺)の玉光順正・教学研究所長も「人間の思いを超えた領域にある『祈り』の意味を、誰もが理解できる言葉で説明することを真宗は怠ってきたとも言える」と肯定的にとらえている。
【丹野恒一】
宗教評論家の丸山照雄さんの話
浄土真宗は独自性を強調するために「祈り」をあえて狭義にとらえてきたとも言える。
言葉にこだわり過ぎれば、一般の日本人に通じないばかりでなく、外国語に翻訳する際に支障が生じ、込められた精神が届かなくなる。その意味で、教学研究所が「祈り」を認めたのは大きな一歩だ。
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教学研究所 「『祈り』について」
浄土真宗では、伝統的に「いのり」という言葉は使用してきませんでした。「いのり」という言葉は、本来神仏に対して願い求める(「祈願請求」)という意味を持ち、その意味が浄土真宗の教えに背くからです。
浄土真宗の信心は、自らのはからいをまじえず、絶対的な阿弥陀如来のはたらきにまかせるものです。
したがって「いのる」必要がないと言えます。もし「いのり」を認めるならば、それは自己のはたらきを認めることとなり、他力の信心を否定することになります。浄土真宗のみ教えには、このように祈り求めることを否定する明確な教理があり、親鸞聖人の著されたものの中には、「いのり」を積極的に使用した例を見ることはできません。
ただ、性信坊に宛てられた消息の中に肯定的と思われる使用例もありますが、「いのり」という言葉を「おぽしめす(お思いになる)」と表現し直されるなど様々な限定の中で使用されております。
したがって、この用例をもって宗祖が積極的に「いのり」の使用を認められたとは到底言えません。一方、現代の「いのり」の語を調べますと、神仏を対象として願い求めるという古典的な意味とは別に、「心から望む、希望する、念ずる」という意味が出てきます。
したがって現代では、「いのり」という言葉の中に、神仏を対象としない意味が含まれるようになってきています。
また、「いのり」は英語のprayの訳語として使用されていますが、この言葉は神との対話を意味しており、神に願い求めるという意味には限定されえません。しかしながら、絶対的な阿弥陀如来のはたらきにまかせる浄土真宗の教えの上から、決して「いのり」ということは認められるものではなく、それ故これまで「いのり」という言葉を使用してこなかったのです。
このことを重く受けとめなければなりません。
posteios.comより。
確かに「祈り」公認の記事はあったようだけど、その後12月20日付の『本願寺新報』で否定されているそう。
確かめてよかった。
また、こうして残しておいてくださっているのがありがたい。
その後、安心・起行についてのお尋ねもあったり、なかなかありがたいご縁。
ようこそのお参りでした。
10月7日(金)
今日は朝から雨。
つい先日まで、汗だくになりながらお参りしていたのに、急に肌寒く。
昨日まで白岳地区をまわり、今日から再び小坪地区の通り報恩講へ。
そして、お昼からお葬式で広島市内の葬儀会館へ。
その後、折角広島市内に出たので、是非行きたかった展覧会へ。
広島県立美術館で開催中の『皇室の美と広島』。
その中、一番の目玉となっている伊藤若冲の「旭日鳳凰図」。
ちょっと前に仏教壮年会の例会で鳳凰の話をした時、いろいろと鳳凰を調べていて、この若冲の旭日鳳凰図と、長野小布施にある葛飾北斎の「八方睨み大鳳凰図」に目がとまり、いつか見てみたいなぁと思っていたら、何とその一つが広島へ。
今月10日までの公開らしいので、今日しかないと。
その絵の解説を見てびっくり。
本図と《動植綵絵》は明治二十二年(一八八九)、それぞれ西本願寺門主の大谷光尊、相国寺より献上された。江戸時代における若冲画の需要は、京の寺院はもちろん大名家にも及び、今日には伊勢長島藩(三重県)の大名画人、増山雪斎旧蔵《糸瓜群虫図》(京都、細見美術館蔵)などが知られる。広島の浅野家では画家としての技量高い七代藩主重晟が収集し、自身の作画にその画風を参考とした。昭和前期までに《孔雀鳳凰図》(神奈川、岡田美術館蔵)をはじめとする複数の若冲画を所蔵していたことも知られ、再び浅野家ゆかりの若冲画が見いだされることに期待したい。
《動植綵絵》が相国寺から献上されたものというのは知っていたけれど、この「旭日鳳凰図」を献上したのは何と大谷光尊、明如上人。
廃仏毀釈がその背景にはあったのだろうけど、どのような経路で本願寺にこの若冲の鳳凰図が??と。
そんな新しい収穫を得て帰宅し、ゆっくりする間もなく夕方6時より阿賀法幢寺にて呉東組仏教壮年会の後期研修会。
研修課題は「阿弥陀様との出遇い」ー若いお坊さんの話をきいてみませんか!ー。
御講師は、浄円寺住職 桑原昭信師。
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。
親鸞聖人の『教行信証』の冒頭に出てくる〈回向〉についてのお味わい。
・廻転趣向
・廻施向道
・廻自向他
この三つの義より、回向の話。
みなさん、熱心にお聴聞。
専徳寺仏教壮年会からも5名の参加。
お寺を出ると、きれいな月明かり。
ようこそのお参りでした。
10月5日(水)
今日は午前中、総代会開催のため、通り報恩講はお休み。
総代会といっても、今日はひたすら書類の袋詰め作業と仕分け作業。
お世話になりました。
そして、夜は広教法寺にて呉東組法中会。
その前にお通夜もあったので、夕方早めに水撒き。
秋明菊が次々咲き始め、その奥にはもうそろそろ女郎花が終わり頃。
そして、さらにその奥の糸薄が夕日が沈んだ頃、輝く穂が何とも。
先日、植えた藤袴もつぼみがだんだんつき始め、アサギマダラ、やって来るかなと楽しみにしながら夕涼み。
今夜の法中会は、いつものように報告と確認で終了。
帰宅すると、結構風が吹いて、少しヒンヤリ。
そろそろウィンドチャイムもお仕舞いしなければ。
今週末は呉東組仏教壮年会連盟の研修会、広南中学校の文化祭、週明けには呉東組聞名講と、久しぶりに行事が続く。
と同時に通り報恩講も。
季節の変わり目。
どうぞ、体調に気をつけて。
9月12日(月)
今日は午後から大広真光寺にて呉東組聞名講。
いつもどおりおつとめ、御消息拝読、ご法話の後、御示談の時間。
役員さんのご用意してくださった質問用紙の回答より。
このたびは、
世界中には、いろいろな宗教があります。
あなたたちにとって宗教と云うのは、どんなものですか?そして、浄土真宗の教えに出遇われたあなたは、どのように人生を歩まれていますか?
という質問。
ここへお参りに来られている方なので、「心のよりどころ」、「感謝と反省の日々」と言った回答が多い。
「よりどころ」となるのが、自ら作った心であったら、何かのご縁ですぐに壊れてしまう。
でも、浄土真宗のお念仏は、如来よりたまわりたる金剛の信心。
みんなそれぞれ違っても、お念仏だけはみんな一緒。
残暑厳しい中、ようこそのお参りでした。
8月31日(水)
暑かった8月も今日で終わり。
日中はまだまだ暑い日が続いているけれど、朝晩は過ごしやすくなってきた。
境内からセミの声も聞こえなくなり、静かに。
そして、夜は秋の虫の声。
今夜は大広真光寺にて呉東組法中会。
真光寺といえば、『本願寺新報』9月1日号に、
2018年7月の西日本豪雨災害で流された真光寺橋再建の記事。
あれから4年。
長浜もしばらく陸の孤島となった豪雨災害。
テレビで真光寺橋が流されていく動画を何度も何度も見たあの時のことを思い出す。
しばらくこのあたりを通る機会もなかったので、いつの間に?と。
小坪の砂防ダムは完成したみたいだけれど、長浜はまだまだ工事中。
夜だったので、新しい橋を見ることは出来なかったので、また近いうちにでも。
8月2日(火)
先週の金曜日は呉東組の役員会。
昨夜は称名寺にて法中会。
そして、今日は広島別院で組重点プロジェクトリーダー研修協議会の研修。
連日暑い中、またコロナウィルスの感染者数が増えていく中、これまでしてきた感染症対策をしっかりととりながら。
ただ、組内での重点プロジェクトに関しては、まだまだ動けていないのが現状。。。
そんな中、活動している組、出来ないながらも課題を共有している組の話を聞かせていただくだけでも、学ぶことが。
夕方帰宅して、汗だくになりながら境内に水撒き。
先に咲いていた向日葵の両側に、まるでガーベラのような向日葵の花が2つ。
一番最初に咲いた向日葵はもう枯れ始め。
後はどのくらい種が出来るか楽しみに。
そして、キジバトは今日も抱卵中。
この暑い中を、ずっと姿勢よく、身動きもせずに抱き続けている。
すごいなぁと感心しながら、出来るだけ驚かさないよう、存在感を消しながら。
7月11日(月)
今日は午後から
この写真のちょっと奥にある小坪説教所にて呉東組聞名講の7月例会。
そして、下の写真が7月8日に公開された映画『こちらあみ子』(https://kochira-amiko.com/)のワンシーン。
昨年の今頃、この場所で撮影。
まだ観ていないので何とも言えないけれど、気になる作品。
今日の小坪説教所はたくさんのお参り。
皆さんと正信偈をおつとめし、ご消息の拝読。
その後、御法話に引き続いて御示談を。
今日も講長さんのご用意してくださった質問用紙の回答より。
東本願寺の前の歩道に「人間として生まれた意味を考えよう」と立て札で問いかけられています。
あなたはこの問いにどのように答えますか?
更には、このことを身近な人に伝えようと思いますか?
と。
〈仏法を聞かせていただき、御本願に遇うため〉との答えがたくさん。
この言葉が気になって調べてみたら、大谷派の宗祖親鸞聖人850年立教開宗800年慶讃法要のテーマが、
ちなみに本願寺派のスローガンは「ご縁を慶び お念仏とともに」。
今日はお隣の大谷派のこの言葉よりいろいろとお味わい。
そして、今年の降誕会の合掌チラシ
この言葉をどのように味わったらよいのかとの質問。
善人と悪人、皆さんと一緒にお味わい。
暑い中、ようこそお参りくださいました。
7月3日(日)
今夜は阿賀西光寺にて、呉東組法中会。
組内の活動も動きつつあるけれど、急がず慌てず少しずつ。
甲斐虎山の作品集が出版されていると知り、取り寄せてみた。
甲斐虎山さんは、甲斐和里子さんの夫。
甲斐和里子さんは、祖母の父 足利瑞義の妹で、祖母は亡くなる間際まで、和里子さんのことを口にした。
父も幼い頃、転地療法のため、京都の甲斐和里子邸にしばらく滞在。
そんなこともあり、甲斐和里子さんの話は聞いていたのだけれど、虎山さんのことはあまり。。。
虎山さんのことを知らないわけが、ようやく少し分かったような気がする。
甲斐虎山は現代人として珍しい存在である。詩や書、絵画に素晴らしい技を持ちながら、世間に知られることはなく、自らも世の中に知られようとしないで、常に詩・書・画ばかりの生活を楽しむほかには何にも興味をもたないようだ。 彼の風貌を見ると、とても茫洋としていて、かつて天上界から人間界に追放されたという仙人が目の前に現れたかのようである。(9頁)
専徳寺に遺る甲斐虎山さんの絵。
「乙卯蒲月」とあるので、1915(大正4)年5月かな。
甲斐虎山(1867~1961)、48才頃の作品。
この本では画風模索の時代。
「明浄精舎」とあるのは、府中の明浄寺かな。
「南画」と言うのもよく分からなかったけど、この本を読むとへ~っと。
知ると親しみを持ち、
親しみを持つともっと知りたくなる。
少しずつ少しずつ。