8月9日(土)
長浜は、風が時折強く吹くものの、午後9時の段階で雨はそれほど。
当初の進路予想よりも少し東にそれたせいかな・・・。
それでも、大潮と重なっているので、これから沿岸部の方にとってはご心配なこと。
専徳寺は避難所ともなっているので、今夜は一晩本堂向拝の電気をつけて過ごすことに。
くれぐれもお気をつけて。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
8月8日(金)
今夜は仏教壮年会の納涼会。
8月例会はいつもより1時間早いスタートで、本堂で重誓偈のおつとめと住職の短い話から。
そして、場所を集会所に移して、納涼会。
いつもなら、窓を全開にして扇風機を回し、汗をかきながらの納涼会だが、今晩は少し開けた窓から海風が入って来て、何とも過ごしやすい。
ただ、これからやって来る台風・・・。
明日は大潮と重なるそうで、長浜の海岸沿い、小坪の臨海は浸水が心配。
専徳寺墓地のあるアラメの鼻の小坪へ向かう旧道が、先日の雨で少し崩れて通行止めになっているそう。
また、明日は長崎原爆の日。
今年は広島が珍しく雨だったが、明日の長崎も雨かな。
原爆が投下された午前11時02分。ちょっと手を休めましょう。
この日を迎えるたび、10数年前の8月9日、『くれえばん』主催の永六輔さんの講演会が専徳寺の本堂で開かれたとき、講演の途中に消防署からの町内放送で黙祷の呼びかけがあったので、永さんが講演をやめて、みんなで1分間の黙祷をしたことがあったのを思い出す。
お盆を前に、いろいろ心配な日となりそうだが、お互い気をつけて。
8月8日(金)
このたびより朝席が以前の7時30分から9時に変更。
ずいぶんゆっくりと小坪説教所の盂蘭盆会御満座へ。
今朝もかなしみをテーマに、絵本の読み聞かせより。
大好きな友達、ことりくんを失ったくまくん。
きれいな小箱にことりくんを納め、いつも持ち歩いていると、森の動物たちが何を入れているのか尋ねてくる。
それで箱を見せると、みんな困った顔をして、
「くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ」
と。
くまくんは、自分の家に閉じこもってしまった。
ある晴れた日、草のにおいに誘われて外に出たくまくん。
おかしな形をした箱を持ったやまねこと出会う。
その中身を見せて欲しいとお願いすると、やまねこはくまくんの持っている箱を見せて欲しいと。
くまくんが箱を開けて見せると、
「きみは このことりと、ほんとうになかがよかったんだね。ことりがしんで、ずいぶんさびしい思いをしてるんだろうね」
くまは、おどろきました。こんなことをいわれたのは、はじめてです。
やまねこの箱にはバイオリンが入っていた。
そのバイオリンで、くまくんとことりくんのために演奏してくれた。
その曲を聴きながら、くまくんはことりくんとの思い出を次々と思い出した。
それで、くまくんはことりくんとの思い出の場所にお墓を作って・・・。
また、実はやまねこもそんな悲しみを・・・。
モノトーンで、決して楽しい絵本ではないけれど、かなしみが与えてくれた大切なこと。
金子みすゞの『さびしいとき』を思い出しながら。
さびしいとき
私がさびしいときに、よその人は知らないの
私がさびしいときに、お友だちは笑うの
私がさびしいときに、おかあさんはやさしいの
私がさびしいときに、佛さまはさびしいの
(『金子みすゞ全集』JULA出版局より)
お盆をご縁に、仏さまの大悲に抱かれてお念仏。
続いてようこそのお参りでした。
8月7日(木)
昨日の天気が嘘のように、青空のひろがる天気。
それでも、台風がこっちに向かっているそう。
昼から小坪説教所の盂蘭盆会に。
小坪説教所は、小坪自治会が運営・管理している説教所。
大変熱心なところであるが、諸事情もあって、このたびから法座を4席から3席へ。

昨年もちょうど7日・8日とこちらのご縁をつとめさせていただいたが、その1週間後に父の死。
願土にいたればすみやかに
無上涅槃を証してぞ
すなはち大悲をおこすなり
これを回向となづけたり
『拝読 浄土真宗のみ教え』(本願寺出版社)にもお盆の味わいとして出て来る『高僧和讃』天親讃のことばより、「かなしみ」をテーマにお話を。
夜席では、小学校の読み聞かせが、この春よりこちらの都合で出来なくなったので、久々に法座で読み聞かせ。
イギリスのメラニー・ウォルシュの『さようなら、おばあちゃん』。
おばあちゃんの死を誤魔化すことなく、隠すことなく、ママが幼いわが子にやさしく伝えていく話。
「だけど、やっぱりかなしい」
「そうね、ママもよ。おばあちゃんがだいすきだったから こころにあながあいたみたいに かなしくなるの」
「でも、たのしい おもいでも いっぱいあるでしょう。いっしょに いろんなことをしたわよね。いつまでも おぼえていようね。だいすきなおばあちゃんのこと」
かなしみを通して、いろんなことに気づかせていただく。
かなしみを通して、阿弥陀さまの大きな願いに・・・。
ようこそのお参りでした。
7月29日(火)
今夜は川尻真光寺にて法中会。
いろんな報告、確認事項が次々と。
それはそうと、今日『広島弁トランプ』なるものを購入。

広島県民が広島弁トランプを買ったところで・・・なんて思っていたが、サンプルにあったことばについつい惹かれて。
聞いたことのないことばに、「おじんじょ」?????
すぐに思いついたのは「お晨朝(おじんじょう)」。
お朝事、朝のお参りのことを「お晨朝」という。
でも、「おじんじょ」=お晨朝ではないだろうが・・・と思いながら。
調べてみると、「おじんじょ」とは、この辺りでは聞かないが、正座のことをいうらしい。
この辺りでは、「おぎょうぎ」。
お参りに行くと、正座ができない方が、「おぎょうぎができませんけぇ」と。
何はともあれ、「おじんじょ」=正座というのも、恐らく「お晨朝」に由来するのかな。
晨昏勤行不可懈怠事 (朝・夕のお参りを怠ってはならない)
「おじんじょ」。
やっぱり安芸門徒かな。
7月24日(木)
今日も暑い一日に。
今夜はお通夜にお参りしてから、我聞会で仁方の浄徳寺へ。
輪読の『蓮如上人御一代記聞書』は(168)(169)。
(168)は、蓮如上人は、小紋染めの小袖をつくらせて、大阪御坊の居間の衣掛けに掛けておかれたそうです。という担当者泣かせの短い一文。
昔の解説をいろいろ見ても、いろんな説の分かれるところ・・・。
(169)は、蓮如上人がお食事を召し上がられるとき、合掌されて、「阿弥陀如来と親鸞聖人のおはたらきにより、着物を着させていただき、食事をさせていただきます」と仰せになられていたとの御文。
衣食住の三は念仏の助業なり。
法然聖人のおことばより。
法話では、「宗教を聞いて何か良いことあるの?」と質問された時のお話から。
それに答える若い僧侶の真摯な姿勢に刺激を。
いずれもいずれもお念仏のご縁。
7月22日(火)
中国地方も梅雨明けし、青空のひろがる暑い暑い夏へと突入。
今日は専徳寺前住職一周忌法要。
親戚・親族・総代のみなさんにお集まりいただいての法要を、善通寺御住職を御導師におつとめ。
一周忌の御法事にお参りさせていただく機会は多いが、施主として一周忌のご縁をいただくのは初めて。
今日の御導師の法話にあったように、俯瞰すると見えてくるのかも知れないが、まだまだ1年経ったという実感は湧いてこない。
恐らく、8月15日夜の毎年恒例の戦没者追悼法要をおつとめし、それが終わったときにあの日の夜のことを思い起こすのだろう・・・。
この一周忌を通して、それぞれのお方の父の思い出をチラッと聞かせていただき、これから迎える初めての祥月命日を迎えた時に・・・と。
そう思うと、大切なご縁。
みんな帰ったあと、夜は子どもたちだけの花火大会。
7月17日(木)
朝席で石泉文庫虫干し法座も御満座。
この時期、これまで聞かせていただくばかりだったご縁を、このたびはお取り次ぎ。
いつもなら、聞かせていただきながら、セミの声が聞こえていたのに、このたびばかりは法座が終わって、あ~セミの声がいつの間にか・・・と。
良いお天気となり、法座の後、みなさんお手伝いいただいて、本を石泉文庫へと。

石泉文庫までの細い道を運び、そして石泉文庫では2階へ納めるため、手渡しで次々と上げていく。
どんなに時代が変わっても、200年近く変わっていない光景かな。
暑いなか、汗だくで終え、一安心すると同時に、こうして今年も元気に運ぶことが出来たとお念仏。
お疲れさまでした。また、ようこそのお参りでした。