専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
12月1日(金)
今日から12月。
今年最後の仏教壮年会法座も今朝で御満座。
朝席では、昨日の『歎異抄』後序の
聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐・・・
の話の続きより。
そのなかで、「智慧」と「知恵」の違い。
そして「報謝」と「感謝」の違いをお聞かせいただく。
その報謝には《嗜む》心がそなわると。
何だか、心が今日の空のように晴れてきた。
続いてようこそのお参りでした。
法座の後片付けをし、報恩講参りを終え、広南小学校の持久走大会の応援に。
あんまり前年度の記憶がないので、次男に尋ねると、その日は風邪で休んでたと。 ホントだ。
ぶろぐで振り返ると、風邪で早退したから、私だけ給食試食会に出て、ビデオに収めて帰ったみたいだけど、我が子がそこにいないと、記憶からは消えてしまって。。。
寒い風邪の流行る時期を避け、今年は早く行ったとのこと。
保護者や地域の方の応援もあるからか、みんな随分張り切ってスタートしてしまい、辛そうになりながらも頑張って最後まで。
11月30日(木)
今日は1日曇り空。
昨夜に引き続いて、仏教壮年会法座。
朝席では、昨日の「信謗ともに因となりて」の「信」の話より。
信とは、「タノム」の意。
「タノム」とは《おまかせ》のこと。
《おまかせ》と口では簡単に言えても、なかなか、おまかせ出来ないのが常。
それを、ほんとだなぁと、うなづきながら聞くのだけど。。。
それもこれも浄土の縁。
昼席では、
つねの御持言には、「われはこれ賀古の教信沙弥の定なり」と。(『改邪鈔』)
の親鸞聖人の口ぐせより。
死に様を問わなかった教信沙弥(786~866)。親鸞聖人よりも随分前のお方。
そのお方との時空を超えた「出遇い」について。
夜席は、
聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐・・・(『歎異抄』後序)
と出て来る親鸞聖人の口ぐせの話より、著者と言われている唯円坊と親鸞聖人の出遇いを。
いずれもいずれも、自らの体験を通して分かりやすくお取り次ぎしてくださり、南无阿弥陀佛といただくばかり。
ようこそのお参りでした。
明日の朝席で御満座。お誘いあわせてお参りを。
11月28日(火)
報恩講のつとめあい、3件目は呉専徳寺。
おつとめした後、一席お取り次ぎ。
今日11月28日は、旧暦であれば親鸞聖人の御命日、御正忌。
明治6年1月1日より導入された太陽暦(グレゴリオ暦)に基づいて、浄土真宗本願寺派でも新暦に改めて1月16日が御正忌に。
先日、長浜歴史ウォーキングの時に話をした大洲順道。
今日の呉中通の専徳寺の山号「易往山」は易往院釋順道より。
国立国会図書館デジタルコレクション『模範村の現況』(読売新聞社発行)を見ると、なかなか慣れ親しんだ旧暦から新暦には誰も変えようとはしない時代。
順道はこの新暦に改めるため、過去帳をすべて新暦に改め、法事も新暦でつとめるよう、1年かけてその意識を変えたのだと。
こんな人が本願寺の執行に就いておられたのだから、新暦に変わったのかな?と思いながらお取り次ぎ。
上の写真は広公園(オークリーナの南)に建っている頌徳碑(しょうとくひ)。 広村を模範村とした藤田村長・岩西助役・大洲順道を讃えた碑文。
お取り次ぎのあと、このたびもお斎をいただいて。 ようこそのお参りでした。