ぶろぐ

専徳寺のぶろぐです。

お寺のこと、地域のことを綴ります。


 

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春季彼岸会 3日目

3月29日(火)

今日の朝席で春季彼岸会が御満座。

昨年、9月18日の千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要に呉東組の団体参拝でお参りしていたとき、国会で審議され、翌未明に可決された安全保障関連法が今日施行された。

 

朝席では、それに関連して、敗戦後のドイツと日本の違いを聞かせていただいた。

 
初めて聞く話に驚き、調べてみたら、奈良美智さんがドイツで驚いた「敗戦国の歴史認識」という記事に目がとまる。

現在という時間軸が歴史の延長上にあって、そして、その先には未来があり、今、何か間違ったとしたら未来がおかしくなる。過去から現在、未来へ一貫して考える、そういう思考が一般的な日本人とは比べ物にならないほどできてるんです。結構、ショックでした。

日中、暖かくなってきて、桜も一気に。
今を美しく咲く桜も、過去・現在・未来のなかで。。。

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ようこそのお参りでした。

2016年3月29日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

春季彼岸会 2日目

3月28日(月)

昨日に引き続いて、朝席・昼席・夜席と春季彼岸会。

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浄土の救いは到達ではなく、浄土への方向の発見である。(藤場俊基)

  住職を退任されるまで、掲示伝道をされていたそうで、その中からのことばより。

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七高僧のお一人、龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』

一毛をもつて百分となし、一分の毛をもつて大海の水の二三渧のごときを分かち取るがごとし。苦のすでに滅するは大海の水のごとし。余のいまだ滅せざるものは二三渧のごときなれば、心大いに歓喜す。

と、通常読むところを、親鸞聖人は『教行信証』の中に、

一毛をもつて百分となして、一分の毛をもつて大海の水を分ち取るがごときは、二三渧の苦すでに滅せんがごとし。大海の水は余のいまだ滅せざるもののごとし。二三渧のごとき心、大きに歓喜せん。

と、読み改められた。

普通なら、あと2、3歩で頂上に到達だと喜ぶのを、親鸞聖人は山の麓を2、3歩歩み出したところを喜ばれているとのお話。

 
子どもがよく先を急いで走り出し、よその人について違う方向に向かう姿を思い出した。
いつも決まって、後ろから、「そっちじゃない!こっちよ!」と。

 
進むべき方向が定まる。
彼岸(浄土)からのお喚び声に導かれ。。。

 
ようこそのお参りでした。

2016年3月28日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

春季彼岸会 1日目

3月27日(日)

彼岸も過ぎたけれど、寒さは戻ったまま。。。

午前中、お参り先で訪れた川尻。

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寒いけれど、サクラがチラホラ。

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今夜から春季彼岸会。

御講師は、島根県大田市 正蔵坊の菅原龍憲師。

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今夜は「聴聞」のお話より。  

聴くとは 動けなくなることだ

濵口竜介 「聴く」といいながら、ひとはたいてい聴きたいこと、理解できることしか聴かない。ほんとうの「聴く」というのは、これまでそのようなものがあるとすら思っていなかったような他人の疼(うず)き、心の震えに触れて、身じろぎできなくなることだ。それにとことん身を晒(さら)すこと。今年1月、砂連尾理(じゃれおおさむ)のダンス公演「愛のレッスン」アフタートークでの若き映像作家の発言。(鷲田清一)

今日紹介された、『朝日新聞』〈折々のことば〉79 (2015.6) より。

 
ようこそのお参りでした。

2016年3月27日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

仏前結婚式

3月26日(土)

前坊守の故郷、明円寺若院の結婚式に一家で朝から。

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子どもたちにとって、おじいちゃんの葬式は体験済みだけど、結婚式は初めて。
初参式、入学式、卒業式、葬式と、いろいろと人生の大切な節目の一つ、結婚式。

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仏さまの前で、誓いのことば。 子どもたちにとって、今日の一日が記憶に残るといいな。

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ここの本堂お内陣の欄間には蓮池の彫刻。 よーく見ると、その蓮池には一匹の

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蜘蛛がいて、一本の糸を垂らしている。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』。
自分一人だけ救われようとすると切れてしまう。
相手のことを思うこころをお育てていただくんだなぁと。。。

 
場所を移しての披露宴。 若い布教使さん、春秋会メンバーがたくさん。

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どうぞ、お念仏薫る家庭に。

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ご結婚、おめでとう。

2016年3月26日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

広南学園 離任式

3月25日(金)

今日は風が強く、寒い寒い一日に。

午前9時から広南小学校で、長らくお世話になった藤平校長先生、高橋先生、室賀先生の離任式。

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校長先生と高橋先生は、長浜小学校に長男が入学した時に就任されてから6年間お世話になり、室賀先生は小坪小学校・広南小学校7年間。

《学びとありがとう日本一》をめざす広南小学校。

全校児童の「ありがとうございましたっ!」の大きな声が響いた。

  そのあと、今度は隣の広南中学校で4名の先生方の離任式。

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毎朝長浜のバス停で降りると、空気が暖かく、人が温かくと挨拶のなかで。

 

先日から読み始めた『呼び覚まされる霊性の震災学』の冒頭に紹介されたリントンの一節、

「深海に棲む魚は、おそらく最後まで水というものに気づかないだろうという。何かの偶然が水面に運び、大気に触れさせない限り、彼は水というものの存在を意識しないであろう」  (『パースナリティーの文化的背景』)

がふと。。。

 

曇鸞大師の「蟪蛄(けいこ)春秋をしらず、この虫あに朱陽の節を知らんや」(セミという虫は春とか秋を知らない。だから、夏という季節さえ分からない)という言葉とも重なるけれど、ここで育ち、ここしか知らなければ、ここがどれだけすばらしいか、どれだけ良い先生に出会えたかってことも分からないんだなぁと、先生方のあいさつを聞きながら。。。

 

ありがとうございました。  

2016年3月25日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku