専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
2月14日(水)
今日から広島県史跡『石泉文庫』の補修工事。
今回令和5年度の補修工事では、損傷がひどく、大きく歪み傾いてしまった石泉文庫の建物を、まずレベル調整して、床を水平に、柱を垂直に治すことに。
畳を取り除き、床板を外した屋内に入ってみると、
予想以上に大きく傾いて。。。
特に痛みが激しいのは裏(山側)。
これまでの側溝が小さく、雨水が側溝から溢れてしまうことが原因の一つだったらしい。
そこで、側溝を一回り大きくすることで、雨水の水はけをよくすることに。
広島県より2分の1、呉市より4分の1、そして地元4分の1が負担して行われる事業。
なかなか維持していくことは厳しいけれど、出来るだけのことを。
今年度工期は、来月末までの予定。
先年、倒木したクロガネモチの根元には水仙が今満開。
2月12日(月)
3連休最終日。
午後から東広島市立美術館で始まった『民藝 MINGEI -美は暮らしのなかにある』に。
お隣の東広島芸術文化ホールくららに行列が。
何ごとかと思ったら、Masahiko Kondo KANREKI DASH M5K9 LIVE TOUR 2023-2024!!
もう少し遅く行ってたら、駐車場に入れるのに大変だったかも。。。
『民藝』の方はゆったりと。
民藝(民芸)とは─ 柳宗悦と民藝運動
「民藝運動の父」と呼ばれる思想家・柳宗悦(1889-1961)。東京、麻布生まれ。1910年、雑誌『白樺』の創刊に参加。宗教哲学や西洋美術などに深い関心を持ち、1913年に東京帝国大学哲学科を卒業。その後、朝鮮陶磁、木喰仏の調査研究、収集を進めるなか、無名の職人が作る民衆の日用雑器の美に関心を抱いた。1925年には、その価値を人々に紹介しようと「民藝(民芸/みんげい)」という新語を作り、濱田庄司や河井寛次郎ら共鳴する仲間たちと民藝運動を創始する。1936年、日本民藝館を開設し、初代館長に就任。以後ここを拠点に、国内外各地への調査収集の旅、文筆活動や展覧会活動と、活発な運動を展開した。(民藝公式サイトより)「衣」を装う
‟只被る為なら美しさ等どうでもいい。だが美しさは着たい気持をそそる。”
「食」を彩る
‟人間は美味を好む。だが料理だけに止めるのではない。それを綺麗に皿に盛る。その皿さへも選擇する。”
「住」を飾る
‟暮しは色々なものを招く。それに応じて適宜な材料が選ばれ、適当な形が整えられる。”
素朴ななかにも味わい、あたたかみのあるものばかり。
個人的には柳宗悦晩年の 〈信〉、これを見てみたかったかな。
信は暮らしのなかにある
美も暮らしのなかにある

2月5日(月)
節分が過ぎ、暦の上では春を迎えたが、荒れ模様の天気。
朝、庭のサツキの上に見慣れぬ珍客。
日本の白鷺には、ダイサギ・チュウサギ・コサギといる。
コサギは時々見かけるけれど、小柄でクチバシが黒く、足先が黄色い。
ダイサギとチュウサギは、どちらもクチバシが黄色い。
クチバシの口角が目の後ろまで伸びている(ダイサギ)か、目の後ろあたり(チュウサギ)かで見分ける。
今日の珍客はチュウサギ。
風が強いので、じっと時が来るのを待っている感じ。
午後から総代会新年会。
4年ぶりに開催。
このたびは昨年の御内陣修復事業で、総代のみなさんには大変お世話になったので、慰労会も兼ねて。
夜よりも昼の方がみなさんご都合がよろしいようで、お昼の会食。
久しぶりに食前・食後のことばのカードをダウンロードして用意。
和やかに会食しながら、いろいろとそれぞれの昔話に花が咲き。
今年も引き続いてよろしくお願い致します。
おかげでごちそうさまでした。