3月2日(月)
どんよりとした曇り空。
広真光寺にて呉東組聞名講委員会。
各地区委員が担当講員のみなさまより集めた会費を持ち寄って開催。
令和7年度の総括、そして新年度の予定。
20260302_簡名講傾リ会のご案内どうぞ、お誘いあわせてお参りを。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
3月2日(月)
どんよりとした曇り空。
広真光寺にて呉東組聞名講委員会。
各地区委員が担当講員のみなさまより集めた会費を持ち寄って開催。
令和7年度の総括、そして新年度の予定。
20260302_簡名講傾リ会のご案内どうぞ、お誘いあわせてお参りを。
1月23日(金)
今日も寒い一日。。。
今週月曜日の中国新聞洗心欄に紹介された民藝の記事を見て、すぐに東本願寺出版の『民藝 他力の美』を注文。
それが届いた。
素敵な装丁の本。
また、じっくりと。
今日は夕方より広ステーションホテルにて呉東組総代会の新年会。
1975年、広島カープ初優勝の立役者の一人、渡辺弘基さんをゲストにお迎えし、講演。
いろいろと楽しい話を1時間ほど聞かせていただく。
そのあと、懇親会。
私が小学3年生の時に、広島カープ初優勝。
そのあと、赤いカープの帽子に当時、今で言う「推し」の背番号を付けていた。
私が付けた番号は、「24」。
渡辺弘基さんの背番号。
私と同じ左利きに憧れ、24を。
そのあと、大野豊さんが引き継ぎ、24は左腕エース番号に。
約50年経ってお会いでき、そのことを伝えることが出来た。
今日の講演の中で大切なこととして「感謝のこころ」を。
ようこそようこそのご縁でした。
1月21日(水)
今季最強寒波襲来というニュースに身構える。
今日は昨日の聞名講に続いて呉東組行事、呉東組仏教婦人会連盟の新年会が阿賀称名寺にて。
専徳寺仏教婦人会より会員2名が参加。
と言うことで、車で一緒に。
午前中は称名寺御住職による『仏像に出遇う』と題し、浄土真宗ではあまり聞くことのない仏像についてのお話。
京都・奈良を中心にさまざまな仏像をプロジェクターに映し出して紹介。
学生の頃、京都・奈良の有名な仏さま、お寺は、宗派問わずかなり参っているかも。
今日紹介いただいた仏像はすべて観ている。
浄土真宗では言わないけれど、よそでは寺院に参るだけでも功徳を積むことになるとか。
それならこれまで相当功徳を積んでいるってことになるけれど、そもそも「功徳を積む」って?
先日、Amazonでおすすめの商品として紹介が出て来て、ついつい購入。。。
トクツミー
元々は高齢者向けの指先トレーニングブロック。
「德」を積む。
制作スタッフに推し活のために徳を積んでいる人がいる、との制作秘話もあり、「徳を積む」を考えるご縁になるかな?
お昼を挟んで、午後からは「おたのしみ」。
住蓮寺坊守さま指導で、ヨガを取り入れた体操を。
呼吸を整え、リンパの流れをよくし、感謝の気持ちを持ちながら、笑顔で。
寒い中、少しからだがぽかぽかと。
ようこそのお参りでした。
11月30日(日)
11月最終日は日曜日。
今年から土・日、祝日は13時~14時まで予備時間として空けている。
急な予定が入ることもあるため。
ただ、予定が入らなければ、その時間は昼休憩に。
このシステムを取り入れて、かなり楽になったような。
今日はその時間にオーストラリアからのお客さまが。
本堂の中を案内出来たのも、そのおかげかな。
そのあと午後からの法事を終えて、今夜の法中会準備。
今夜の会所は当山専徳寺にて。
先日届いたテーブルと椅子を早速。
インフルエンザが流行っているので、出来るだけ間隔を空けて。
先日届いたといえば、
御本典(『顕浄土真実教行証文類』)板東本の影印本。
このたび東本願寺出版から出版された、親鸞聖人御真筆の御本典がすべてカラー写真で。
本願寺の所蔵する御本典は、親鸞聖人のご往生から13年後(文永12年)に書写されたものといわれ、清書本と呼ばれるもの。
総合研究所のサイトで、デジタル版『教行信証』として閲覧可。
どちらも報恩講が終わってから、じっくりと。
11月10日(月)
今日は多忙な一日。
朝読み聞かせに行き、帰宅すると通り報恩講で広商店街。
昼過ぎまであちこちと休みなく歩き回りおつとめ。
昼食をササッと済ませて呉東組聞名講が川尻光明寺にて。
昨日は雨だったけど、今日はお天気も良く。
昨年までは10月に開催されていた例会。
奇数月に開催しているのに、秋だけ10月。
恐らく以前は現在の13:30~16:00ではなく、午前・午後とほぼ一日がかりで例会が行われていたので、通り報恩講の時期を避けるために10月になったのだろう。
でも、昨年は暑くて聞名講の冬用衣体を着用して報恩講をお参りするのは如何なものかと話が出て、今年から11月に。
御示談は、今日は事前の質問用紙がなかったけれど、お一方「浄土へ往生しても、500年の間修行するのでしょうか?」との質問より。
こちらで一度見せていただきたかったものを見せていただいた。
以前テレビで紹介されているのを見て、いつか見せていただこうと思っていた梵鐘。
この梵鐘はコンクリート製。
戦時中、梵鐘など仏具類すべて供出。
鐘楼を維持するために重りとなるコンクリート製梵鐘を当時設置していたそう。
今から10年前、戦後70年の頃にいろいろと話が出てくる中で、コンクリート製の鐘の話を聞いてはいたが、近くに遺っていたとは。
戦後80年のご縁に。
専徳寺の梵鐘も供出され、昭和28年に再び迎えた。
たくさんの稚児行列で、
広駅から牛に曳かれて運ばれた記録写真だけが残る。
それまでどうしていたのだろう。。。とふと。
ようこそのお参りでした。