1月5日(月)
今朝は穏やか。
2年目の蝋梅、つぼみがいくつも。
1つ、少し膨らんで、来週辺り開花?
ほんのり香も。
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昨夜、伯母が亡くなったとの報せ。
斯願若剋果 大千応感動 虚空諸天人 当雨珍妙華
美しい華の雨るお浄土へ。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
12月27日(土)
今日も寒い一日。
樒を取り寄せて鉢に植え替え。
樒は、
浄土真宗本願寺派では、御本尊前の上卓に、黒光色と呼ばれる真鍮製の黒い仏具を飾る。
中央に蝋燭立て、その前に火舎(香炉)。
そして、その両脇に華瓶。
その華瓶に水を入れ、そこに樒を。
これによると、樒は香木であり、青蓮華の代わりとして、最上のお供えであると。
ちなみに、その手前にある前卓には、五具足の場合、中央に香炉、その横に蝋燭立て、そして花瓶。
三具足の場合、中央に香炉、向かって右側に蝋燭立て、左側に花瓶。
ホームセンターやスーパーでも入手は出来るが、最上のお供えをせっかくなので育ててみることに。
鑑真和上が中国から日本へと伝えてくださったこの樒。
何と、アニサチンと呼ばれる神経毒があるそうなので、決して食べないように。
元気に育つといいな。
11月4日(火)
祭が終わり、連休明けの通り報恩講。
現在、広古新開。
駐車場を気にしながら回るのも面倒なので、最初のお宅の駐車場に止めさせていただき、そこから徒歩であちこちと。
歩いていると、キンモクセイの香り。
秋風とともに香りが届いてくるのは、何とも心地よい。
寺の裏庭からもただいまキンモクセイの香り。
境内のツワブキも咲き始め。
今年はカワラナデシコが元気よく、長いこと楽しませてくれる。
そして、シュウメイギクもチラホラと。
ようやく秋めいて。
今日は午後からお隣住蓮寺報恩講に久しぶりのつとめあい。
浄念寺新住職が初めての導師。
浄円寺前住職、法謙寺住職とともにおつとめ。
一張羅の法衣は、とにかくずっしり。
年を重ねるごとに、だんだん重く感じるように。。。
10月23日(木)
昨日は時折雨が降ったり、風が強かったり。
急に気温も下がり、午前中の通り報恩講は夏用の衣で。
午後からお墓での建碑式は冬用の衣で。
今日の通り報恩講は冬用衣体。
つい先日まで扇風機を横に用意してくださっていたのに、今日は温風ヒーター。
ただ、さすがに冬用衣体にしたばかりに温風ヒーターは熱い。
お気持ちだけ快くいただいて。
小坪臨海地区は今日で修了。
午前中の通り報恩講が終わって戻ると、風が強かったので、さすがにアサギマダラは見れないと思っていたけど、いる!
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急いでカメラを取りに戻り、撮影するけれど、風が強くて。。。
それでもアサギマダラはフジバカマにしがみつき、観ているこちらが酔いそうな映像に。。。
10月20日(月)
今朝は広南小学校読み聞かせ。
担当は4年生。
読んだ絵本は、
『ヒヨドリときのみ』(谷口ひとみ)
今、毎日のようにヒヨドリの鳴き声が螺山から聞こえてくる。
そして、朝はたくさんの群れで螺山から黄幡山方面に飛んで行く。
そんなヒヨドリのことを知っているかな?と思い、「ヒヨドリ、知ってる人!」と尋ねたら、一人も手を挙げない。
どうして、秋になると木の実は熟して美味しくなるのか。
そのわけをヒヨドリが教えてくれる。
鳥と植物は知らないうちに、お互いに助けあいながら生きているのです。
4年生は、木曜日に「里山を愛する会」の畑に行くのだそう。
ちょうどタイムリーな絵本となったみたい。
ついでに昨日撮ったアサギマダラの写真を紹介。
里山の畑にも来ているって話を聞いているので、見れるかも知れないね、と。
そのあと、通り報恩講で小坪臨海地区へ。
長浜では見なくなったツバメがまだ。
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そして、今日もアサギマダラが1頭。
3日目にしてようやく距離感がつかめてきた。
ジッとしていれば、頭の上もひらひら。
10月19日(日)
今朝は少しひんやりと。
風もあり、曇っているし、アサギマダラは来ないかなと思いながら。
11時の本堂での法事中に雨が降ったけど、すぐに止み、それが終わって、12時の法事に向かおうとすると、いる!!
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急いでカメラを取りに戻り、何とか撮影成功。
午後2時からの法事に出ようとした時、再びパラパラと雨が。
雨の中、もういないだろうと思って、フジバカマを見ると、何と2頭!
(蝶の数え方は、1頭・2頭・・・)
法事から戻ると、今度は3頭!
低い姿勢で写真を撮っていると、ガレージの上から何やら視線を。
キジバトがこちらを見下ろしている。
ひょっとして、前に巣から落ちてそのあと行方が分からなくなったあの子?
それなら嬉しいんだけど。
と、ゆっくりしている場合ではない。
広まちづくりセンターで、ご案内いただいていた『藤脇千洋 どうようコンサート』へ。
後半の数曲、そして最後の「ありがとうソング」には何とか間に合った。
校舎から見える 螺山と海
自然と人 みんなみんな つながりあって
元気をもらって明日から再び通り報恩講。
その前に広南小学校読み聞かせ。
8月16日(土)
朝、境内に水撒きをしていると、チラッと木の陰から赤っぽい花が。
キツネノカミソリだ!!
2023年に苗を購入し、毎年葉っぱは出くるものの、これまで花は付かず。
同じく2023年に植えたユウスゲも、ずっと花が付かなかったのに、今年は次々と花を咲かせ、1ヶ月ほど楽しませてくれた。
今年はそのユウスゲが終わると、キツネノカミソリ。
NHKの朝ドラ『らんまん』に登場し、どんな花か見てみたいと思って求めた。
牧野富太郎は、『植物一日一題』にキツネノカミソリを紹介している。
狐ノ剃刀
キツネノカミソリ、それは面白い名である。狐も時には鬚でも剃っておめかしをするとみえる。それからこのコンコンサマが口から火を吹き出すこともあれば、また美女に化けて人を誑かすという段取りになるのだが舞台が違うからここでは省略だ。
このキツネノカミソリはヒガンバナ科(マンジュシャゲ科、石蒜科)のいわゆる球根草で、日本国中諸所の林下に生じ、秋八月から九月にかけて柑赤色の花が二、三輪独茎の頂に咲く。誰もこれを庭に植える人はないが、しかしそう見限ったもんでもない。学名を Lycoris sanguinea Maxim. というのだが、この種名の Sanguinea は血赤色の意で、その花色に基づいたものである。
この属すなわち Lycoris 属には日本に五種があって、その一は右のキツネノカミソリ、その二は桃色の花が咲き属中で一番大きなナツズイセン、その三は黄花の咲くショウキラン、その四は赤花が咲き最も普通でまた多量にはえているヒガンバナ一名マンジュシャゲ、その五は白色あるいは帯黄白色の花が咲きヒガンバナとショウキランとの間の子だと私の推定するシロバナマンジュシャゲである。今日までまだ純粋の白色ヒガンバナを得ないのが残念であるが、しかしこれはどこかにあるような気がする、というのは数年前摂津の某所にそれが一度珍しく見つかったことがあったからである。惜しいことには、その白花品をある小学校の先生が他へ運んでついになくしたという事件があった。私は人に頼んでその顛末を詮議してもらったけれど、ついにそれを突き止めることが出来ず、よく判らずにすんでしまった。
さて狐の剃刀とはその狭長な葉の形に基づいた名だ。時とするとヒガンバナに対してもキツネノカミソリの名を呼んでいるところがある。
これらの地中の球は俗に球根といっているが、じつは根ではなくて、其の根は鬚状をなして球の底部から発出しているいわゆる鬚根である。そしてこの球は極く短かい地下茎と地中の葉鞘からなっており、その大部はこの変形した葉鞘からなっており、その大部はこの変形した葉鞘で、それは嚢のように膨らんだ筒を成し層々と重なり、そこに養分が貯えられているから厚ぼったい。この部からは澱粉がとれる。元来この球には毒分(リコリンというアルカロイド)があるが、澱粉には無論この毒はない。またこの球を潰して流水に晒せばその毒分が流れ出て、その残ったものは餅に入れて食べられる。そしてこの球根を植物学上では襲重鱗茎(tunicated bulb)と称するが、しかしこの茎と指すところは前述の通りの極めて短かい茎で球の底部にあり、この茎から地下葉が重りつつ生じている。ユリ類の鱗茎はバラバラになった地下葉が出ているが、ヒガンバナ、キツネノカミソリなどは前記の通り地下茎が嚢様の筒となって重なっている。これは水仙も同じことだ。
これらは花の咲くときは葉がなく、葉は花がすんだあとで出て春に枯れる。その後秋になるとまた忽然と花が出る。ゆえにヒガンバナに「葉見ず花見ず」の名がある。これはヒガンバナに限らず、キツネノカミソリでもナツズイセンなどでもこの属の植物はみな同じである。今これを星に喩えれば参商の二星が天空で相会わぬと同趣だ。
私はこの属に今一種あることを知っている。そうすると日本にこの属のものが六種となる。それはオオキツネノカミソリ(新称)であって、今その学名を Lycoris kiusiana Makino(sp. nov.)と定めた。そしてその概説は An allied species to Lycoris sanguinea Maxim., but the leaves broader, and the flower larger than, and its colour similar to those of the latter. Perianth lobes larger and broader. Stamens much exserted(=Lycoris sanguinea Maxim. var. kiusiana Makino, in herb.)であるが、なおその詳説は拙著『牧野植物混混録』に掲載する。
この襲重鱗茎球の外面は他のヒガンバナなどと同様に黒色となっているが、これはその球を包んでいる地中の葉鞘が老いて、その内容物を失い、黒い薄膜となって球の外面を被覆しているのである。 (青空文庫より)
「誰もこれを庭に植える人はないが、しかしそう見限ったもんでもない。」
誰もこれを庭に植える人はない?
ここにおりました。
今年も10個のキツネノカミソリ、すべて芽が出た。
5月すぎて葉っぱは枯れ、今年も花が咲かないのかなと思いながらも、は肥料も与え、毎日水も。
「柑赤色」とは、ブラッドオレンジの果肉の色。
確かに血のような色かも。
茎まで赤いんだと思いながら、しげしげと。
同じく『植物一日一題』を見てみると、興味深い記事を見つけた。
贋の菩提樹
往々お寺の庭に菩提樹と唱えて植わっている落葉樹があって、幹は立ち枝を張って時に大木となっている。お寺ではこれを本当の菩提樹だと信じて珍重し誇っているが、豈に図らんや、これはみな贋の菩提樹で正真正銘のものではないことに気がつかないのは情けない。殊に小さい円いその実で数珠を作って、これを爪繰り随喜しているのはなおもって助からない。
このいわゆる菩提樹はもと中国での誤称をその植物渡来と共に日本に伝えたものである。そしてこの樹は中国の原産でシナノキ科に属し Tilia Miqueliana Maxim. の学名を有する。宝永六年(1709)に発行せられた貝原益軒の『大和本草』に「京都泉涌寺六角堂同寺町又叡山西塔ニアリ元亨釈書ニ千光国師栄西入宋ノ時宋ヨリ菩提樹ノタネヲワタシテ筑前香椎ノ神宮ノ側ニウエシ事アリ報恩寺ト云寺ニアリシト云此寺ハ千光国師モロコシヨリ帰リテ初テ建シ寺也今ハ寺モ菩提樹モナシ畿内ニアルハ昔此寺ノ木ノ実ヲ伝ヘ植シニヤ」とあり、昭和四年六月発行の白井光太郎博士著『植物渡来考』ボダイジュの条下に「支那原産、本朝高僧伝及元亨釈書に後鳥羽帝の御宇僧栄西入宋し天台山にあり道邃法師所栽の菩提樹枝(果枝ならん)を取り商船に付し筑前香椎神祠に植ゆ、実に建久元年[牧野いう、一一九一年]なり、同六年天台山菩提樹を分ちて南都東大寺に栽ゆとあり」と書いてある。今これらの記事によると、この菩提樹渡来は相当ふるい年所をへていることが知られる。
このいわゆる菩提樹の実が飛び散り人は植えないが、時に山地に野生の姿となっていることがあって、軽率な人はこれを本来の自生だといっているが、それは無論誤解であって本種は断じて我が日本には産しない。
上に書いたものは贋の菩提樹であるが、しからば本当の菩提樹とはどんなものかというと、それはインドに産する常磐の大喬木で無花果属すなわちイチジク属に属し Ficus religiosa L.(この種名の religiosa は宗教ノという意味)の学名を有し、釈迦がその下で説教したといわれる樹で、吾らはこれを印度菩提樹と呼んでいる。しかし元来はまさにこれを菩提樹といわねばならんのだが、贋ながらも上のように既に名を冒している次第だ。しかし今これを正しく改称するとしたら、インドの Ficus religiosa L. の方を菩提樹として本来の称呼を用い、贋の菩提樹の Tilia Miqueliana Maxim. の方をシナノキボダイジュとして呼べばよろしく、本当はこうするのがリーズナブルだ。
インドボダイジュの実は形が小さくて円いけれど、元来が無花果的軟質の閉頭果であるから、もとより念珠にすべくもない。
菩提樹について『翻訳名義集』によれば、この樹は一つに畢鉢羅樹と称する。仏がその下に坐して正覚を成等するによって、これを菩提樹というとある。またこの菩提樹は梵語ではピップラといい、ヒンドスタン等ではピッパル、ピパルあるいはピプルと呼ばれるとの事だ。
と。
キツネノカミソリと同じく2023年、正真正銘と思われるスリーマハー菩提樹を迎え、今年も元気に育っている。
牧野富太郎の『植物一日一題』。まさしく現在のブログ。
ここまでマニアックになる必要もないのだけれど、専徳ねっとも。と。
8月3日(日)
暑い暑い8月の土日を終えた。
昨日は安芸高田市で40℃。
広島で観測史上最高の気温だとか。
蓮如上人の『御文章』2帖目第12通に、
それ、人間の五十年をかんがへみるに、四王天といへる天の一日一夜にあひあたれり。またこの四王天の五十年をもつて、等活地獄の一日一夜とするなり。これによりて、みなひとの地獄におちて苦を受けんことをばなにともおもはず、また浄土へまゐりて無上の楽を受けんことをも分別せずして、いたづらにあかし、むなしく月日を送りて、さらにわが身の一心をも決定する分もしかしかともなく、また一巻の聖教をまなこにあててみることもなく、一句の法門をいひて門徒を勧化する義もなし。ただ朝夕は、ひまをねらひて、枕をともとして眠り臥せらんこと、まことにもつてあさましき次第にあらずや。しづかに思案をめぐらすべきものなり。このゆゑに今日今時よりして、不法懈怠にあらんひとびとは、いよいよ信心を決定して真実報土の往生をとげんとおもはんひとこそ、まことにその身の徳ともなるべし。これまた自行化他の道理にかなへりとおもふべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。
時に文明第六、六月中の二日、あまりの炎天の暑さに、これを筆にまかせて書きしるしをはりぬ。
「あまりの炎天の暑さに」と、御文章をお書きになっている。
人間の50年は四天王の天の一日一夜。この四天王の50年が等活地獄の一日一夜だそう。
地獄に墜ちたら、今の何倍もこの炎天の暑さを味わうことになるのに、いまをむなしく過ごしていていいのかと。
暑くなると、これは現実だろうか?幻だろうか?と思うようなことも。
午後4時からの今日最後の御法事。
本堂の温度計は31℃超え。
お内陣は扇風機を回しても、それよりもっと暑く感じる。
汗をかきながらおつとめをしていると、お内陣の中をクロアゲハが舞っている!!
これは幻覚?
後からお内陣の映像を見返すと、確かにクロアゲハが。
お浄土の六鳥は『阿弥陀経』で知られるけれど、蝶はお浄土に?
そう思って調べたら、京都国立博物館のWebに『極楽浄土と蝶』という読物が。
『極楽浄土と蝶』よみものWeb(https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/yomimono_data/0125/)
舞楽の蝶鳥の舞手らは、法会において衆生を仏の浄土へと繋ぐ伝供の役割を担う。日本においては蝶も仏の世界へと導いてくれるはずなのである。
地獄・餓鬼・畜生のない世界、お浄土。
お盆をご縁に、蝶が導いてくれた。
昨日つぼみが膨らんでいた風蘭が一つ花咲く。
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ちょうどNHKの大河ドラマで『べらぼう』を放送中だが、ちょうどその時代、富貴蘭としてもてはやされた花。
ほんのりと香も。
明日あたり、他のつぼみも開けば、香ももっと感じるかな。
香に誘われ、導かれ。