12月7日(水)
今日から白石説教所の報恩講。
今日の昼席から明日の昼席までの4席。
白石説教所の報恩講は、大広の真光寺・善通寺、そして専徳寺の3ヶ寺が順番にお取り次ぎ。
平成14年以来、4回目。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
12月4日(日)
雨も上がり、青空の下、午後から仏教壮年会の境内清掃。
毎年この時期の境内清掃の一番大変な作業は、
今年は暖かかったので、葉っぱがまだまだという感じだったが、この二日間の雨で、かなり散った。
雨樋にも葉がつまるため、はしごをかけ、屋根に登って大掃除。
イチョウの葉は、燃えにくい。そして、腐りにくいために腐葉土には向かない。
そのため、処分に困るが、イチョウには防虫効果がある。
石泉文庫の蔵書を虫干ししていると、挟んであった昔のイチョウの葉がヒラヒラと落ちてくる。
また、以前は虫除け用にと、この葉を取りに来る方もおられたとか。
今月14日には、仏教婦人会の本堂の清掃と報恩講。
そして、新年を迎える準備。
いよいよ年の瀬である。
11月29日(火)
今日で長浜東地区の報恩講が終了。
今日は11月末とは思えないほど暖かい一日。
以前は報恩講参りを留守のお宅でもすることがあった。
玄関の鍵が開いており、お仏壇には電気が灯され、準備もしてある。
あるとき、留守宅に上がり、お参りをしていると、後ろの戸が開く音がした。
家の方が戻られたのだと思い、読経を続け、『御文章』を読むためにからだの向きを後ろに変えた。
すると、後ろに座っていたのは、家の方ではなく、ネコがチョコンと座って、じっと見ている。
せっかくだから、ネコに向かって「聖人一流の御勧化のおもむきは 信心をもって本とせられ候」と、『御文章』を拝読。
ネコはじっと身動きもせずに聞いている。
そして、お参りが終わり、ネコにお辞儀をすると、ネコはスーッと部屋を出る。
私も続いて玄関へ向かうと、今度は玄関先に座ってお見送り。
今はどこの家庭も防犯のため、施錠され、留守宅へお参りすることはほとんどなくなったが、以前は留守宅でもそんなほのぼのしたご縁があった。
報恩講参りもあと2週間ほど。
喉を痛めないように注意して。
11月20日(日)
昨日までの雨もやんで、青空の下、落語会を迎える。

初めての落語会を少しでも盛り上げようと、掲示板にミニのぼりを並べる。

今どき、こんなミニのぼりの製作キットが売られている。
もちろん、デザインは自分でしなくてはいけないが、結構きれいな出来映えに。
お昼過ぎに到着予定の笑福亭仁智さんから電話で、昨日の雨の影響で呉駅から新広駅方面の列車の本数が減らされ、次の列車に乗るとの連絡。
こんなに良いお天気でも、こればかりは分からない。
予定より30分ほど遅れて、新広駅に到着。
専徳寺に到着されると、会場となる本堂の点検に。
12時半頃には仏教壮年会の会員のみなさんも集まって、座布団を敷いて会場作り。
だんだんと会場に人が入り、用意された椅子席は埋まり、120名ほどがこのご縁に。
そして、お囃子の音楽が鳴り、いよいよ落語。
このたびは、笑福亭仁智さんのお弟子さん、笑福亭智六さんが『動物園』の落語を。
そして、笑福亭仁智さんが川柳の創作落語を披露。
中休みをはさみ、今度は笑福亭智六さんが手拍子にあわせて南京玉すだれ。
アさて アさて さては南京玉すだれ
チョイと伸ばせば 阿弥陀如来か釈迦牟尼か
後光が見えれば おなぐさみ
阿弥陀如来が お目にとまれば
元へと返す 元へと返す
そしてメインは、笑福亭仁智さんの創作落語『親鸞聖人』。

親鸞聖人の生涯を、笑いを交えながら、楽しく聞かせていただいた。
本堂で、小学生からおじいちゃん、おばあちゃんまで、いろんな世代の方が集まり、このご縁をいただいた。
挨拶のなかでも触れたが、この落語会が正式に仏教壮年会の行事として決まったのが、3月11日夜の役員会。
まだまだ、あれだけの被害が出ていると知らず、夜津波到達予想が呉にも出ていたので、緊張感のあるなかで決まったご縁。
そのあと「願」のバッジを作り、「ともにがんばろう」のメッセージを添えた。
ただ、頑張るには元気がないと頑張れない。
元気を出すには、笑うこと。
今日は大きな笑い声が本堂に起こった。
落語も終わり、笑福亭仁智さんに一筆いただいた。
月よりも 花よりも なお美しい 人の笑い顔
たくさんの笑い顔でみなさん帰路へ。
このご縁を大切に。
11月19日(土)
今日は午後1時より広教育センターで、先日の消防車写生大会の表彰式が行われた。
長男が表彰されるため、行く予定にしていたが、急な法務で行けず。
でも、後でしっかりビデオで見せてもらった。
法務も終わり、いよいよ明日にせまった落語会の準備。

明日、仏教壮年会の会員の方が会場設定をしてくださる予定だが、事前にある程度済ませておかないと、いろいろと不備も出るので、準備にかかる。

せっかくの落語会。
高座用に演台を積み上げて、真っ赤な毛氈で演出。
打敷も赤が基調で、本堂がパッと華やかに。
明日の天気は晴れ。
明日のことは・・・、蓋を開けてみなければ分からない。
無事、迎えることを願うのみ。
どうぞ、お誘いあわせてお参りを。
11月16日(水)
今週からいよいよ長浜の報恩講。
東地区から開始。
今日も朝1件参ったあと、呉の専徳寺の報恩講へ。
10時からの法要で導師を勤める。
呉の専徳寺の御門徒さんも、今度の落語会へ来場してくださると聞く。
それから帰って、再び報恩講。
現在、広市民センターにて、広地区教育祭が開催中。
長浜小学校の児童の絵手紙が展示されているのを月曜日に見に行った。
そこには、いろんな「ありがとう」。
どの絵手紙も力作揃いで、ついつい全部撮ってしまった。
それから白バイ・パトカー・消防車子ども写生大会の作品もロビーに展示。
入賞者選考の模様はこちら→広まちづくり推進委員会ブログ
広教育祭は、広村であった頃の村是に、「教育第一」と掲げられていたことを今に伝えている祭で、今年で63回。
教育祭は、11月23日(水)まで。
11月8日(火)
昨日は広本町、今日と明日は広名田地区の報恩講。
そして、今夜は仏教壮年会の11月例会。
今日はもうすぐ落語会ということで、「落語」と題し、落語と仏教のつながりについて話をする。
日本の芸能は仏教と密接な関係にある。
奈良時代には、日本最古の仮面劇「伎楽」。
平安時代には、琵琶法師・絵解き法師・節付き説教(後の節談説教)など、説法の仕方もいろんな形に。
鎌倉時代から室町時代に盛んに行われた猿楽(能や狂言)も、お寺と密接な関係に。
そして、落語。
落語の祖とされるのが、浄土宗西山深草派本山誓願寺の第55世法主 安楽庵策伝。
文字も読めない民衆に、いかに教えを伝えるか。
誰にでも分かるように、やさしく、おもしろく、巧みな話術で、【落とし噺】を高座で演じ、布教した。
そして、それを『醒睡笑』8巻に著し、これが落語の原点とされる。
たとえば、「寿限無(じゅげむ)」の落語を知っていれば、正信偈の話が聞ける。
「寿限無」とは、かぎりないいのち。「帰命無量寿如来」の無量寿と同じ。
「五劫のすり切れ」は、「五劫思惟之摂受」。
そんなふうに、落語をとおして仏法に出会える。
浄土真宗の節談説教(ふしだんせっきょう)も話芸のルーツとして知られる。
親鸞聖人の兄弟子 聖覚法印(『唯信鈔』の著者)。
この方は安居院(あぐい)流という節付き説教を樹立した。
それを継承し、真宗独自の節談説教という形で伝わったが、今ではその継承者もわずか。
呉東組親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け法要が、川尻の光明寺にて行われた時の御講師が節談説教の松島法城師。(2009.3.28)
今度は落語で親鸞聖人750回忌のご縁に。
世界的に元気のないニュースばかり。
元気になる手っ取り早い方法は、“笑う”こと。
笑うことで元気になり、そして“ともにがんばろう”。
10月22日(土)
今日は朝から島根県大田市へ。
専徳寺の法務員菅原氏のご実家正蔵坊で、第24世住職継職法要があり、出勤させていただいた。

天気予報では雨。
雨のドライブを覚悟して行ったが、浜田道の広島・島根の県境のトンネルを抜けると青空が。
世界遺産“石見銀山”を横目に早めの到着。
一日、汗ばむくらいのお天気のなか、法要が執り行われた。
12時45分より、前住職導師のもと、日中法要。
色衣・五条袈裟の正装で『讃仏偈』のおつとめ。
御講師は青木新門氏。
講題は『いのちのバトンタッチ』。
青木新門氏は、第81回アカデミー賞外国語映画賞に輝いた『おくりびと』の元々の原作者。
自らの体験を綴った青木氏の『納棺夫日記』を読んだ本木雅弘氏が惚れ込んで、映画化を熱望した。
映画化にあたり、一度は青木氏の許可を得たが、出来上がったシナリオを読んで、青木氏は愕然。
青木氏は浄土真宗の熱心な土地柄、富山県の出身。
その富山の土徳があったからこそ、仕事を通して浄土真宗に出遇った。
でも、映画の舞台は山形県。
何も山形県が悪いというわけではない。
ただ、土徳という大事な点が欠落していた。
それから、ヒューマニズムで終わってしまい、原作のなか、一番重要な宗教的要素が欠落してしまっている。
その結果、青木氏はこれは『納棺夫日記』としてでなく、違った形の作品として欲しいと原作を降りられたのだそう。
そんな経緯をいろいろとユーモアを交えて聞かせていただいた。
そして、講演の後、3時から今度は新住職を導師として逮夜法要が。
全員が色衣・七条袈裟の礼装で、『無量寿経作法』。
第24世新住職が法灯を受け継いだ。
みずからをともしびとせよ 法をともしびとせよ。
(自灯明・法灯明)
その法のともしびが消えていく寺もある。
特に山間部は、過疎化が進み、廃寺となるところもあるとは聞いていたが、途中屋根の崩れたお寺を見てショックを受ける。
今日の講題『いのちのバトンタッチ』。
バトンが次に受け継がれることの尊さを改めて感じた。
法要が終わり、その後の祝宴に出ず、我が家へ直行。
実は、長男碧流(あいる)の8歳の誕生日。
そして、夕飯後はお母さん特製のバースデーケーキに舌鼓。
「お母さん、ありがとうっていったか?」と聞くと、「まだ」という。
催促して、「ありがとう」の一言。
「おめでとう」と「ありがとう」。
「いのちのバトンタッチ」は、ここからはじまる。
明日も一日750回大遠忌法要を勤め、稚児行列もあるそう。
明日も今日のように良いお天気で。
10月8日(土)
今夜は仏教壮年会の例会。
7月は弘願寺仏教壮年会との交流会、8月は納涼会、9月は婦人会との共催で「講演とビデオの夕べ」があり、久しぶりの例会。
10月は報恩講。
一昨日おみがきをしていただいて初めてのご縁。
会で用意していただいたお供えを、例会後にお下がりとしていただく。
今日は「本物」というテーマで話をした。
どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ
一躍有名になった相田みつをさんの詩。
タイトルは「みんなほんもの」。
相田みつをさんの生涯を紹介し、『おかげさん』に見られる親鸞聖人のことをいろいろとお話させていただいた。
相田みつをさんは、禅を学びながら、親鸞聖人の人間観にも惹かれるところがあったのだろう。
本の中で2箇所出てくる。
いざとなると 人間は弱いからねえ
にせもの
「お父さんはな、若い頃、剣道をやったから、泥棒の一人や二人、短刀を持って入ってきたって平気だぞ。」
酒をのむと、私は女房子供相手に、よく威勢のいいことを言っておりました。
ところが、ある冬の夜中に、本当の泥棒が短刀を持って入ってきたんです。そしたら一番ガタついたのが私でした。
剣道も禅も、みんなふっ飛んじゃいました。なんともだらしのないことですが、ホントの話です。『勇ましくカッコいいことをいう者はにせものだ。』
その昔、親鸞聖人は教えています。 (『おかげさん』108-109頁)
これでいいとは思いませんが これしかできない わたしには
卑屈と傲慢
親鸞聖人は、有名な『歎異抄』の中で、自分を含めて人間のことを、
煩悩具足の凡夫
―迷いと欲望の固まりの凡人―
といっております。これは親鸞の、きびしい自己否定だと思います。ダメ人間の代表、それが自分だ、というわけです。
一方、ここ一番、という大事な時には、
「親鸞におきては・・・、」
と、責任の所在を明確にして、きっぱりといい切り、テコでも動かぬ自信の強さを示しております。こちらは、親鸞の、絶対の自己肯定ですね。
きびしい自己否定がなければ、人間はすぐに傲慢になります。一方、絶対の自己肯定がなければ卑屈になります。
卑屈にも傲慢にもならないためには、自己否定、自己肯定、共に必要ですね。 (『おかげさん』66-67頁)
先日亡くなったアメリカのiPhoneの生みの親、S・ジョブズ氏。
この方も、禅の教えを学んでいたそうだ。
何と、ピクサーのアニメもこの人が生みの親。
それを知って、PIXARの「I」が電気スタンドで表されているのが頭に浮かんだ。
この人は「i」に何か大きな意味を持っているのだろうかと。
お葬式が続いているが、そこからいろんなことに気づかせていただくことも多い。
そのご縁を大切に。