4月8日(金)
今夜は雨の降るなか、仏教壮年会の総会。
一時は50名以上いた頃もあったが、だんだんと減ってゆき、今では35名に。
今年は親鸞聖人750回大遠忌を記念して、毎年恒例の仏教壮年会主催の法座を休み、落語会を開催する。
たくさんの方に集まっていただき、笑いを通して親鸞聖人のご縁に触れていただきたい。
それから、他のお寺の仏教壮年会と交流しようという話も出ている。
まだこれから互いに話を進めていくことになるだろうが、お互いの会にとって良いご縁となればと思う。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
4月8日(金)
今夜は雨の降るなか、仏教壮年会の総会。
一時は50名以上いた頃もあったが、だんだんと減ってゆき、今では35名に。
今年は親鸞聖人750回大遠忌を記念して、毎年恒例の仏教壮年会主催の法座を休み、落語会を開催する。
たくさんの方に集まっていただき、笑いを通して親鸞聖人のご縁に触れていただきたい。
それから、他のお寺の仏教壮年会と交流しようという話も出ている。
まだこれから互いに話を進めていくことになるだろうが、お互いの会にとって良いご縁となればと思う。
3月30日(水)
小学1年生の長男が春休みに入り、坊守(妻)の里帰りに同行して京都へ。
そして京都最終日、家族そろって京都市美術館で開催中の『親鸞展』に。

2歳の次男は、館内に入って早々に寝てしまい、最後まで抱いたまま鑑賞。
長男も退屈だったと思うが、最後まで鑑賞。
特に親鸞聖人筆『観無量寿経集註』(国宝・本願寺蔵)には足を止めてじっと見つめていた。
親鸞聖人の息づかい、何かを感じただろうか。
その後、大谷本廟参拝。
白木蓮がきれいに咲いていたが、桜はまだまだつぼみ。
それでも、これから桜の季節。
今年は震災のこともあって、これまでのような賑わいを見せることはないだろうが、桜は例年どおりきれいな花を咲かせるだろう。
子どもたちには子どもらしい心をもって、それぞれきれいな花を咲かせてもらいたい。
3月12日(土)
東北地方太平洋沖地震から一夜明けた。
呉市も津波警報が出され、昨夜7時30分過ぎに30センチの津波を観測したようだが、干潮時と重なったため、何ごともなかったようだ。
朝8時30分より住蓮寺において、長浜日曜学校の修了式が行われた。
8名のほとけの子が日曜学校を巣立っていく。
小学校卒業式を来週末に控え、日曜学校の課程を終えたが、ほとけの子はいつまでもほとけの子。
念珠の玉は一つ一つバラバラだとどこに転がっていくか分からない。
でも、ひもでつながった念珠の玉は一つの輪となり、お念仏をとなえるときの大切な仏具となっている。
ほとけの子は、みんなつながっている。
いつまでも思いやりのあるやさしい心を忘れずに。
3月11日(金)
本日の東北地方を襲った地震・津波で被災された方、心よりお見舞い申し上げます。
今夜は仏教壮年会の役員会。
4月の総会に向けて、最後の役員会である。
今年は親鸞聖人750回大遠忌を記念して、仏教壮年会主催の落語会を秋に開催することとなった。
例年、秋に仏教壮年会法座を開いていたが、“もっとお寺にお参りを ”。
そんな思いから、普段来られない方も、落語を通してご縁にあっていただきたい。
それで、このたび笑福亭仁智師匠をお招きして、創作落語『親鸞聖人』をしていただくことになった。
笑福亭仁智師匠は、笑福亭仁鶴師匠の筆頭弟子。
蓮如上人500回遠忌のとき、創作落語『蓮如上人』で全国のお寺をまわられた。
お寺数珠つなぎ落語会として訪れたお寺は、500ヶ寺を越えるそうである。
そのときにメールでご案内をいただいたご縁で、このたびお尋ねしたところ、昨年秋から創作落語『親鸞聖人』をされているとのこと!
それで、是非とも『親鸞聖人』をお願いすることに。
まだまだ先のことだが、専徳寺で初めての試み「落語会」。
たくさんの方にお越しいただき、良いご縁となればと思う。
3月8日(火)
今夜は仏教壮年会の例会。
先月は「鬼は外」、今月は「彼岸」をテーマに。
昨年彼岸のあらましは話したので、今回は浄土真宗であまり触れることのない十王の話。
初七日、二七日、三七日・・・七七日。
七日ごとに裁かれ、49日で次の生が決まる。
どうしてこのような思想が生まれてきたのか。
日本では末法到来、平安時代末期に広まっていく。
そして親鸞聖人は、
地獄は一定すみかぞかし。(『歎異抄』第二条)
とおっしゃった。
道徳・倫理観が欠如しているといわれる昨今、この「地獄は一定すみかぞかし」の意味を今一度考えてみよう。

これは、ネパールのカトマンズにあるスワヤンブナートのストゥーパ(仏塔)。
四方にすべてを見通す仏陀の智慧の目が描かれている。
見守っているぞ。見られているぞ。
毎月8日は仏教壮年会の例会。久しぶりの雨。
夜7時30分からはじまり、正信偈を読誦した後、住職の話。
今はテキストを用いず、その都度プリントを用意して話をしている。
今日のタイトルは「鬼は外」
「鬼」と聞くと、誰もが赤鬼・青鬼といった2本の角に虎皮のパンツ姿を思い浮かべると思う。でも、その鬼はどこから生まれたのだろう。
その鬼の由来、「鬼門」の話、親鸞聖人の『教行信証』化身土文類の外教釈に見られる「鬼」、そして最後に「鬼の自覚」と題して、大谷派の曽我量深、妙好人浅原才市の話をする。
おには~そと~!鬼が外から来るのを追い払おう!ではなく、鬼がいるのは私の心。その心を知った時、お念仏の世界が開けてくる。
今日は午前中、仏教婦人会の新年会。
おつとめに続いて法話。
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」の
話をした。
一郎と楢夫の兄弟が、雪山で遭難し、目が覚めるとあたりは地獄のような世界。素足で傷だらけになりながら、弟の楢夫を捜しまわり、鬼に襲われそうなところを「にょらいじゅりょうぼん(如来寿量品)」と唱えたことで、極楽浄土のような世界に変わり、ひかりの素足の大きな人が現れてくるという物語。
「如来寿量品」と出てくるので、『法華経』に基づいているのだろうが、「にょらいじゅりょうぼん」を「なもあみだぶつ」と置き換えて読む方が、とてもしっくり来る。
浄土真宗に熱心だったお父さんの影響で、『法華経』と出会うまでは、浄土真宗の教えの中で育った宮沢賢治。
ひかりの素足の人が一郎に、「お前はも一度、あのもとも世界に帰るのだ。お前はすなおないい子供だ。よくあの棘の野原で弟を棄てなかった。あの時やぶれたお前の足は、いまはもう、はだしで悪い剣の林を行くことができるぞ。今の心持ちを決して離れるな。お前の国には、ここから沢山の人たちが行っている。よく探して、ほんとうの道を習え。」というセリフは、とても印象的だ。
大変悲しい物語だが、浄土の香を感じる。