専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
10月8日(土)
今日は午前中、広南中学校で広南劇場(文化祭)開催。
昨年も一昨年も無観客。
今年は各家庭2名までと人数制限はあるけれど、久しぶりの広南劇場。
8時30分開場と言うことだったので、席を確保するため、少し前に行ったのに誰もいない。。。
おかげでサイカチをじっくりと。
根元から新しい枝が。
また、数羽のコシアカツバメが飛び回ってる。
旅立たなくてだいじょうぶ?
法事のため、3年生の創作劇を見ることが出来ないので、ビデオを設置して中座。
法事から戻ってビデオで創作劇を鑑賞。
1年生の落語。
2年生の起業企画。
3年生の創作劇。
来年こそ、地域のみなさんにもご来場いただけたら。
先日『専徳ねっと』の画像・映像の使用許可を求めて中学校よりご連絡をいただき、どうぞどうぞと。
どこでどんなことが役に立つか分からないので、何でも記録しておかなければと。
夜は仏教壮年会の10月例会。
報恩講シーズンでもあり、また来週は聞名講も控えているので、「お念仏」の話より。
「称」の字に込められた意味を。
ちょっと修正した方が良いかなぁ。。。
お疲れのところ、ようこそのお参りでした。

10月7日(金)
今日は朝から雨。
つい先日まで、汗だくになりながらお参りしていたのに、急に肌寒く。
昨日まで白岳地区をまわり、今日から再び小坪地区の通り報恩講へ。
そして、お昼からお葬式で広島市内の葬儀会館へ。
その後、折角広島市内に出たので、是非行きたかった展覧会へ。
広島県立美術館で開催中の『皇室の美と広島』。
その中、一番の目玉となっている伊藤若冲の「旭日鳳凰図」。
ちょっと前に仏教壮年会の例会で鳳凰の話をした時、いろいろと鳳凰を調べていて、この若冲の旭日鳳凰図と、長野小布施にある葛飾北斎の「八方睨み大鳳凰図」に目がとまり、いつか見てみたいなぁと思っていたら、何とその一つが広島へ。
今月10日までの公開らしいので、今日しかないと。
その絵の解説を見てびっくり。
本図と《動植綵絵》は明治二十二年(一八八九)、それぞれ西本願寺門主の大谷光尊、相国寺より献上された。江戸時代における若冲画の需要は、京の寺院はもちろん大名家にも及び、今日には伊勢長島藩(三重県)の大名画人、増山雪斎旧蔵《糸瓜群虫図》(京都、細見美術館蔵)などが知られる。広島の浅野家では画家としての技量高い七代藩主重晟が収集し、自身の作画にその画風を参考とした。昭和前期までに《孔雀鳳凰図》(神奈川、岡田美術館蔵)をはじめとする複数の若冲画を所蔵していたことも知られ、再び浅野家ゆかりの若冲画が見いだされることに期待したい。
《動植綵絵》が相国寺から献上されたものというのは知っていたけれど、この「旭日鳳凰図」を献上したのは何と大谷光尊、明如上人。
廃仏毀釈がその背景にはあったのだろうけど、どのような経路で本願寺にこの若冲の鳳凰図が??と。
そんな新しい収穫を得て帰宅し、ゆっくりする間もなく夕方6時より阿賀法幢寺にて呉東組仏教壮年会の後期研修会。
研修課題は「阿弥陀様との出遇い」ー若いお坊さんの話をきいてみませんか!ー。
御講師は、浄円寺住職 桑原昭信師。
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。
親鸞聖人の『教行信証』の冒頭に出てくる〈回向〉についてのお味わい。
・廻転趣向
・廻施向道
・廻自向他
この三つの義より、回向の話。
みなさん、熱心にお聴聞。
専徳寺仏教壮年会からも5名の参加。
お寺を出ると、きれいな月明かり。
ようこそのお参りでした。
10月5日(水)
今日は午前中、総代会開催のため、通り報恩講はお休み。
総代会といっても、今日はひたすら書類の袋詰め作業と仕分け作業。
お世話になりました。
そして、夜は広教法寺にて呉東組法中会。
その前にお通夜もあったので、夕方早めに水撒き。
秋明菊が次々咲き始め、その奥にはもうそろそろ女郎花が終わり頃。
そして、さらにその奥の糸薄が夕日が沈んだ頃、輝く穂が何とも。
先日、植えた藤袴もつぼみがだんだんつき始め、アサギマダラ、やって来るかなと楽しみにしながら夕涼み。
今夜の法中会は、いつものように報告と確認で終了。
帰宅すると、結構風が吹いて、少しヒンヤリ。
そろそろウィンドチャイムもお仕舞いしなければ。
今週末は呉東組仏教壮年会連盟の研修会、広南中学校の文化祭、週明けには呉東組聞名講と、久しぶりに行事が続く。
と同時に通り報恩講も。
季節の変わり目。
どうぞ、体調に気をつけて。
9月30日(金)
今朝、石泉文庫虫干し法座御満座。
二河白道の
「百歩」とは、
人寿百歳に譬ふるなり。
『二巻鈔(愚禿鈔)』の中で、親鸞聖人はこの白道の長さが百歩と言うのは人の寿命百歳に譬えられたものだとお示しくださった。
「人間五十年」とは織田信長。
親鸞聖人ご在世の鎌倉時代の平均寿命は?と調べてみたら、何と24歳だそう。
と言っても、この時代は幼くして亡くなる子どもが多かったこともあってのこと。
また、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ていると、毎週誰かが亡くなっていく。。。
初代鎌倉殿「源頼朝」は落馬が原因で51歳で亡くなり、義経・木曾義仲は30歳で。
でも、北条政子は68歳、その父で初代執権時政は77歳。義時は59歳。
法然聖人は80歳、そして親鸞聖人は90歳。
そう思うと、この白道、人によって短くもあり、長くもあるのかな。
また、親鸞聖人は〈みち〉を「道」と「路」とに区別された。
恐る恐る、不安を抱きながら、疑いを抱きながら歩むのが「路」。
お釈迦さまの「行け」(発遣)、阿弥陀さまの「来い」(招喚)の呼び声に身をまかせて一心に進むのが「道」。
同じ4,5寸でもそれによって狭くも感じ、広くも感じる「みち」のお味わい。
法座が終わり、石泉文庫へ蔵書をお返し。
初日のように人数が多くないので、何往復しなければならないかと心配したけれど、
初日には出番がほとんどなかったこれが今日は大活躍。
2往復するだけで、10往復分くらいの力。
ただ、上り坂は少々きつい。。。
わずか4,5寸の道ではないけれど、この細い道を人力によってすべてお返しできた。
後に残ったのは、
虫干しの際にヒラヒラと舞い落ちた銀杏の葉っぱのみ。
防虫用に先人達が挟んでいたもの。
みなさんのおかげで、今年も無事虫干しを終えられ、ホッと。
ようこそのお参りでした。

9月29日(木)
今日も曇り空。
モズの高鳴きが聞こえてきた。
今朝、石泉文庫虫干し法座2席目。
昨日に引き続いて二河白道の話より。
先日、彼岸会の時に『念佛日和』に二河白道を紹介し、読み直している時、幅4、5寸、長さ100歩と言うのがピンとこなかった。そこで本堂の外陣を畳の縁に沿って歩いてみた。
でも、畳の縁は4、5寸ではない。
そこで、幅15センチほどの白いテープがあるだろうか、とAmazonで調べてみたら、ちょうどいいのがあった。
養生用テープなら、畳の上に貼っても大丈夫。
そう思って注文すると、法座前日に届く予定。
よかったと思っていたのに、先日の台風の影響か、一日遅れて昨日の夕方到着。
早速昨日の夕方、本堂に。
端から端まで貼ることも考えたけど、とりあえず半分。
半分でちょうど20歩ほど。
100歩と言うのは、この白道の5倍。
虫干しの後、総代さん方が白道を歩く。
平均台と同じくらいだと言う話が出た。
でも、後で調べると平均台は10センチ。
体操選手なら火の河、水の河のこの白道を歩めるのかな?
ただ、行け、来いの喚び声があってこその白道。
ようこそのお参りでした。
午後から本を片付けて、ロープも片付け、いよいよ明日は朝席の後、石泉文庫へお返し。