専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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12月5日(水)
今朝、今年最後の法座も御満座。
雨上がりの暖かい朝。
12月なのに、蚊の姿も。
この暖かさは、エルニーニョ現象らしい。
異常気象。
何が異常で何が正常か分からなくなってくる。
それでも、雨でほとんど銀杏が落ち、7日の仏教壮年会の境内清掃に間に合った。
今朝の席では、村上志染の『水馬(みずすまし)』の詩を紹介してくださった。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
師走。
何かと忙しい、忙しいと心を亡くし、大切なことを忘れているなぁ。
ようこそのお参りでした。
法座が終わり、午前中報恩講参り。
そして、お昼前、このたびの豪雨災害で1階が土砂で埋まり、全壊被害となったご門徒さんが御本尊を持ってお参りに。
被害に遭ったお宅は、普段は住んでおらず、時々畑仕事をするために帰って来られた時に寝泊まりされている御実家。
お参りした後、お話を伺うと、土砂が1階に流れ込んだ勢いで仏壇が倒れ、倒れた拍子に仏壇の扉が閉まったようで、倒れたお仏壇の中には土砂が入らず、御本尊は無事だったとか。
その御本尊とお仏壇の上にかかっていた遺影だけを持ち帰り、11月下旬にその家屋を取り壊して、ようやく落ち着いたからとお参りに。
災害から5ヶ月。
これで、このたびの災害で全壊扱いとなったご門徒さん、みなさん御本尊を持ってお参りに来てくださったことに。
何とも有り難い。
午後から広島別院で「御同朋の社会をめざす運動」安芸教区委員会。
方一尺の天地 水馬しきりに 円を描ける
汝 何処より来たりて 何処へ往かんとするか
ヘイ 忙しゅうおましてな
そこで、またこの言葉をふと。
12月4日(火)
雨が上がり、霧。暖かい朝。
昨日に続いて、仏教壮年会・仏教婦人会法座。
朝席では、
「きっとそうだろう」
「きっとそうに違いない」
そんなふうに思い込んで、相手を理解しようとせず、自分勝手な姿で過ごしていませんか?
そんな私だから、阿弥陀さまが願い続けてくださっているとの話より。
昼席では、朝席に続いて、一方的にしか見れない私の姿より。
「阿弥陀さまは寝ずの番」
のお話。
小さな子どもに、「寝ずの番」なんてことを言っても伝わらないかも知れないけれど、このような言葉のない環境に育った人は、その後もご縁にあうこともできない。
「まんまんちゃん」
「ほとけさま」
そして、
「お浄土」
小さな頃からこの名前を聞き、口に出すから、ご縁に出遇ってその意味を。
昼席が終わった後、しばらく青空が広がっていたけれど、夕方にかけてまた雨。
庭の銀杏も紅葉もすっかり散ってしまった。
そして夜席。
杉山平一の『生』という詩を紹介してくださった。
生
ものを取りに部屋へ入って
何を取りにきたかを忘れて
もどることがある
もどる途中で
ハタと思い出すことがあるが
その時はすばらしい身体が先にこの世へ出てきてしまったのである
その用事は何であったか
いつの日か思いあたるときのある人は
幸福である
思いだせぬまま
僕はすごすごあの世へもどる
この世に生まれ、その用事を知らぬまま、迷いの中にいるままなのか、それとも迷いの世界を抜け出すのか。
その用事を知るご縁を。
ようこそのお参りでした。
12月3日(月)
夜席から今年最後の法座『仏教壮年会・仏教婦人会法座』。
昨年までそれぞれにしていた法座も、諸事情により今年から共催で。
御講師は、呉本通 明円寺の竹田嘉円師。
私たちの世界は、一方的な見方。
どっちでもいいと思うようなことでも、どちらかに固執し、そこから対立が生まれてくるとの話より。
うなずいて聞きながらも、次の瞬間元通り。
だから、願い続けてくださる阿弥陀さまの願いが。
足もとの悪い中、ようこそのお参りでした。
ところで、今日、今年の流行語大賞が発表された。
大賞は、「そだねー」。
これだけ聞くと何のことやら。
でも、この言葉を聞くと、平昌オリンピックのカーリング女子のことを思い出す。
失礼ながら、あ~、それって今年のこと??と思いながら。。。
今日、広南中学校3年生がひろしんビックウェーブでカーリング体験。
TSSの満点ママの中継でも紹介され、そこにはもくりんさんの姿も。
お互いを認めあう世界に。
12月3日(月)
今年は暖かい師走の入り。
今日は雨。
今朝は広南小学校の読み聞かせ。
担当は6年生。
読んだ絵本は、
『リスとアリとゾウ』 (デイジー・ムラースコヴァー 作・関沢明子 訳)
リスとアリとゾウが一緒に暮らしていた。
アリとゾウ、体の大きさが全く違うので、やることなすこと、いつも反対のことばかり。
それを、リスはいつも黙って、その間を取り持つ。
それなのに、何故一緒にいるの?
それは、「すき」だから。
そんなある日、リスが猟師に捕まってしまった。
それを見つけることができたのは、アリのおかげ。
助け出すことができたのは、ゾウのおかげ。
みんなそれぞれ違うけど、その違いが世界を作ってる。
その違いに気づいてくれたらいいな。
今夜から仏教壮年会・仏教婦人会共催法座。
お誘いあわせてお参りを。
11月26日(月)
穏やかな朝。
今朝は広南小学校の読み聞かせ。
担当は、5年生。
先日、学習発表会で「ウサギとカメ」の英語劇を演じた5年生に、
読んだ絵本は、
『三びきのコブタのほんとうの話』
(ジョン・シェスカ 文・レイン・スミス 絵・いくしまさちこ 訳)
中表紙には、「A.ウルフ談 ジョン・シェスカ 聞き手」と。
「A.ウルフ」とは、アレクサンダー・T・ウルフ。
『3匹のコブタ』に出てくるオオカミのこと。
そのオオカミが、『3匹のコブタ』として知られる話はでっち上げで、自らが本当のことを語るというストーリー。
オオカミが悪者になってしまうのは、ウサギとか、ヒツジとか、ブタとか、かわいらしい動物を食べてしまうから。
もしも、チーズバーガーがかわいかったら、それを食べる人間だって、きっと悪いやつだってことになると。
コブタの立場で見たお話と、オオカミの立場から見たお話。
視点を変えると、違ったストーリーに。
悪者は、やることなすこと、ぜんぶ悪く見えてしまう。
相手の立場でものを見る。
時にはそんなことも。