専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
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〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
3月25日(月)
ソメイヨシノもチラホラと咲き始めた。
今日も昨日に引き続き、彼岸会2日目。
朝席と昼席は慈悲の話を聞かせていただく。
凡夫の慈悲は小さな慈悲。
小慈小悲もなき身にて
有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずは
苦海をいかでかわたるべき
でも、親鸞聖人はご和讃のなかで、その小さな慈悲さえも持てない私であると。
広南小学校の送別式があったので、朝席が終わったら早速学校へ。
長男がお世話になった担任の先生が郷原小学校へ転任。
「ありがとうソング」でお別れ。
それが終わると、山口から龍谷大学と山口県立大学の先生が石泉文庫に。
宇都宮黙霖をはじめ、同時代の勤王僧月性、大洲鉄然等を調べているとのこと。
また、昼席の後は、石泉文庫を教育委員会から視察。
建物の傷みがひどくなったが、県の史跡のため、どこまで補修が出来るか、総代さんを交えて見ていただく。
そして、夜席。
バタバタした一日だったが、夜席は丸の内で開かれた寺カフェに生け花で参加した時の話を聞かせていただいた。
そこで、評判だった法話が十牛禅図だったということで、その話。
何とも謎解きのような宿題のような、でも考えさせられる話。
明朝が御満座。
ようこそのお参りでした。
3月24日(日)
今日の夜席より、春季彼岸会。
御講師は、和庄の明法寺 熊谷普門 師。
初めてのご縁をいただいた。
今晩は「二僧巻簾」という禅僧の話から、「諸法実相」について聞かせていただく。
また、聴聞の心得は、「虚往実帰」だと。
私たちは先入観をもってしてしまうことが多い。
また、優劣を付けて物事を見てしまう。
そこが、凡夫の眼と仏の眼の違いという話。
『専徳寺報 念佛日和』を世話係の方に配っていただいて、早速その礼状が届いた。
そこに、
寺に参れぬ母も喜んで何度も見ております。
と記されているのを見て、ハッとする。
寺報を出すとき、こちらは寺に参ってご縁にあっていただきたいという思いをもって法座のご案内をしたのが、事情があって参りたくとも参れぬ方もいる。
凡夫の眼。
仏さまの眼には到底なれないだろうが、そのことに気づくことが大切なことかな。
ようこそのお参りでした。
3月21日(木)
書店でふと目についた本。
手にとってパラパラめくると、目次の「安芸門徒の行事と食べもの」に目がとまり、早速購入。
安芸門徒のおたんや(お逮夜)の“煮ごめ”の話はよく聞くが、修正会(元旦)・おたんや・彼岸会・花祭り・お春座(春の永代経法要)・降誕会・安居会(泥落とし)・盂蘭盆会(歓喜会)・報恩講法座(秋の永代経法要)・総の報恩講・除夜法要(大晦日)と、年間の諸行事とそのときに用意される食べものが紹介されている。
また、一昔前の安芸門徒の婚礼、葬式の様子も紹介されていて、なかなか興味深い。
その他にも、沿岸部や山間部、各地方のいろんな風習や料理が。
思わず笑ってしまったのが、涅槃会(お釈迦さまのご命日)に用意される「お釈迦さんのはなくそ」。
旧暦2月15日は、お釈迦さまの命日「涅槃会」である。この日は「お釈迦さんのはなくそ」または「おいりはなくそ」と呼ぶ菓子をつくって仏前に供え、子どもたちに配る風習がある。名前を聞いただけでは何か見当もつかないが、米や豆を炒ってあめをからませたお菓子で、子どもたちは楽しみに待っている。まことにひょうきんで、安芸門徒の人たちの仏さまへの親しみが感じられる呼び名である。
とあるのを読んで、なるほどと。
また、今ちょうど彼岸中であるが、府中地方では、「親が養う春のお彼岸」「親を養う秋のお彼岸」といって、春の彼岸には実家から嫁ぎ先へおはぎが届けられ、秋の彼岸には反対に実家へおはぎを贈る慣わしがあると紹介。
毎日の生活にかかすことのできない食事。
そのなかに浄土真宗の教えが。
親鸞聖人の師匠法然聖人のことば、
衣食住の三は、念仏の助業也。(和語灯録)
生活の中心にお念仏。
家庭の中で受け継がれることを願う。
3月20日(水)
お彼岸の中日は雨。
長浜から広交差点へと向かう途中にある、しだれ桜が一気に花を咲かせる。
近所のソメイヨシノもだんだんと蕾が膨らんできた。
今日、印刷を頼んでおいた寺報が届いた。
これまで春の永代経法要と秋の報恩講法要の前に、法座の案内を総代・世話係のみなさんに配っていただいていたが、それをこのたび改めて、寺報として春と秋に配っていただくことに。
タイトルは『専徳寺報 念佛日和(ねんぶつびより)』。
「日和」とは、洗濯日和・行楽日和と使われるように、洗濯するのにちょうどよい、出かけるのにちょうどよいと、「○○するのにちょうどよい」という意味で使われる。
そこで、今日のような雨の日だろうが、晴れの日だろうが、楽しい日だろうが、悲しい日だろうが、毎日が「念仏するのにちょうどよい日」。
そんな思いをこめて、「念佛日和」。
仕分けをして、近々世話係の方からお届けに。