ぶろぐ

専徳寺のぶろぐです。

お寺のこと、地域のことを綴ります。


 

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春季彼岸会 2日目

3月28日(木)

今日は朝から穏やか。

朝席では、『御文章』五帖目第四通よりお味わい。

そもそも、男子も女人も罪のふかからんともがらは、諸仏の悲願をたのみても、今の時分は末代悪世なれば、諸仏の御ちからにては、なかなかかなはざる時なり。これによりて、阿弥陀如来と申したてまつるは諸仏にすぐれて、十悪・五逆の罪人をわれたすけんといふ大願をおこしましまして、阿弥陀仏と成りたまへり。……

そして、昼席は「信心獲得章」、夜席は「末代無智章」のお味わい。

最近話題のアポ電強盗など、詐欺被害が急増している。

傍から見れば、「どうしてそんなに簡単に騙されるのだろう」と思ったりもするのだけれど、それは他人事だから。我が事、身内のこととなれば、見えなくなる世界がある。
それを巧みに利用する犯罪の多いこと。
「罪のふかからんともがら」
失われている大切なことを聞いていかないと。

それはそうと、今日はいよいよ最終回の近づいたNHKの連続テレビ小説『まんぷく』で、お母さんの鈴さん(松坂慶子さん)が生前葬をすると言うことで、縁ある人が集まって、それぞれに感謝や思いを伝えるシーンを放送。

それを見ながら、葬式って別れを告げるところでなく、感謝を伝える大切なご縁だなとつくづく。

明日の朝席で御満座。
ようこそのお参りでした。

2019年3月28日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

春季彼岸会 1日目

3月27日(水)

暑さ寒さも彼岸まで。

日中は暖かく。でも、朝晩は少し。。。

夜席から春季彼岸会。

ご講師は、黒瀬 清誓寺 土肥泉州師。

それ八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。
たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。

蓮如上人の『御文章』五帖目第二通の「八万の法蔵章」よりお味わい。

最近の葬儀事情より、後世(後生)を知らざる人たちの姿を。

便利な世の中になるなかで、こころの世界はどんどん狭くなっているそう。

彼の岸からのお導きに、どうぞ耳を傾けて。

ようこそのお参りでした。

2019年3月27日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

広南小・中学校 離・退任式

3月25日(月)

校庭の桜のつぼみが少し膨らんで 、ツバメも帰ってきた。
でも、今日はちょっと肌寒く。

広南小学校と中学校で、それぞれ離・退任式。

小学校では、校長先生を含む3名の教職員がこのたび離・退任。

そのあとの中学校でも校長先生を含む5名の教職員が離・退任。

別れの季節であると同時に新たな門出。

先生方にはいろいろとお世話になり、ありがとうございました。

2019年3月26日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

実践運動推進のための研修会

3月19日(火)

今日は午後2時より広島別院にて、『御同朋の社会をめざす運動』(実践運動)安芸教区委員会の実践運動推進のための研修会。

おてらおやつクラブ事務局員の福井良應先生を講師に迎え、「貧困の克服に向けて」と題して、おてらおやつクラブのお話を。

おてらおやつクラブ(https://otera-oyatsu.club/

2018年度グッドデザイン大賞受賞。

〈おそなえ〉の〈おさがり〉を〈おすそわけ〉する活動。

何となくその存在は知っていたけど、なかなかおすそわけするほどは。。。

と思っていたけれど、果物でもよかったり、野菜でも、何でも、無理のないように、できる時にとお話を聞かせていただいて、なるほどと。

途中、実際の持ち寄ったおやつを箱詰めするワークショップも。

これも、ただ詰めればいいというものではなさそう。

何ごともできることから。

今夜は月に一度の専徳寺総代会が開かれたので、この研修会の話を紹介。

ちなみに上の写真は、《合掌ガチャ》というらしく、巷で人気らしい。

いろんな動物たちが合掌した姿に惹かれて。。。

手を合わす。敬うこころは美しい。

2019年3月19日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

広南小学校読み聞かせ(163)

3月18日(月)

先週末の土曜日に、広南小学校6年生が卒業。

6年生がいなくなると、何だかポッカリと穴が開いたように。

今朝は快晴のもと、広南小学校平成30年度最後の読み聞かせ。

担当は、5年生。

これから最上級生となる5年生に読んだ絵本は、

マララとイクバル パキスタンのゆうかんな子どもたち』
      (ジャネット・ウィンター作 道傳愛子 訳)

イクバル・マーシーのことは、彼が銃撃された三日後の
1995年4月19日に死亡記事を読んで以来、ずっと心のなかにあった。
その短い人生とパキスタンの絨毯業界の債務児童労働に対して声をあげた
少年の勇気を知った。
2012年10月9日、女の子が学校へ通う権利を訴えてきた
マララ・ユスフザイが撃たれたと知ったとき、あらためて、
イクバルのことを思い出した。
子どもでありながら立ち上がったふたりの勇気は、
私の胸に迫った--そしてこの本が生まれた。--J.W

パキスタンで、女子教育の重要性を主張し、武装勢力タリバンに銃撃されたが、一命を取り留め、その後ノーベル平和賞を受賞したマララさん。

そして、同じくタリバンに銃撃されて亡くなってしまったイクバル君。

同じ年頃の子どもたちの話に、何を感じただろう。

「タリバンは、じゅうだんによって、わたしたちを
だまらせられると思ったのです。でも、そのこころみは、
しっぱいしました・・・・・・。ひとりの子ども、ひとりの先生、
1さつの本、1本のペンが、せかいをかえるのです。」






最後ということで、今年も児童からのお手紙をいただいた。

今日は何を読んでくれるのだろうと楽しみにしているとか、自分は卒業するから、下級生を笑顔にしてくださいとか、うれしいことがいろいろ。

2019年3月18日 | カテゴリー : 絵本 | 投稿者 : sentoku