専徳寺のぶろぐです。
お寺のこと、地域のことを綴ります。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
7月21日(金)
今夜は専徳寺にて、呉東組仏教壮年会連盟の総会ならびに研修会。
参加者数が、ここ数年で最多の92名。
専徳寺からも過去最多の14名。
法中を入れると100名を超え、本堂は男性ばかりで満堂。
凪で風が入らないので、今夜は網戸をせず、戸を開けっ放しにして、天井の扇風機を最強にし、まわりにも扇風機を数台設置。
総会は滞りなく終わり、研修会の講師は、お隣の安芸南組、安楽寺の信楽晃仁師。
講題は、『浄土真宗の僧侶として、足裏健康施術者として』。
足医術、武道をされている御講師。
まず、東洋と西洋の違いをうかがいながら、東洋の一元論「私」に対して西洋の二元論「他者」というお話を。
そのあと、足医術の施術を実際に。 2名の方に施術が始まると、それまでじっと聞いておられた皆さんが、身を乗り出して。
ちょっと足裏を触られて、「痛いっ!」と。 すると、笑いながら見ていた人たちも、「私」に差し迫った問題と思ってか、真剣に。
あ~、ホントだ!
「私」のこととして聞くからみんな真剣に。 お聴聞も「私」のこととして。
暑いなか、ようこそのお参りでした。
また、専徳寺仏教壮年会のみなさんも、いろいろとご苦労さまでした。
7月20日(木)
梅雨も明け、セミが鳴き、青空が。
朝席で石泉文庫虫干し法座も御満座。
朝席は、阿弥陀さまの光に遇って目が覚めるお話より。
朝席が終わり、本来なら石泉文庫に蔵書を返すところ、雨で虫干しが一日順延となったため、今日も虫干し。
広南小学校は終業式。
昨日は小学生のお手伝いがあったけど、今日は御同行のみでゆっくりと。
本を「パンッ」と叩いて虫を追い出し、ロープへとかけていく。
再び午後3時に集まって、蔵書を片付けて、来月の法座までお内陣にてお預かり。
毎年大変な作業だけど、ずっと受け継がれてきた有り難いご縁。
本の間からイチョウの葉がひらひらと。 昨日、6年生の子どもたちがこのイチョウの葉を拾っていたので、持って帰ってもいいと伝えた。
帰る際、ある子の持ったイチョウには、ちゃんと名前が書いてあったのが、何とも言えなくて。
思い出と一緒に残るといいな。
暑いなかをようこそのお参りでした。
7月19日(水)
今朝は雲は広がるけれど、雨は降らず。
そして、梅雨明けも発表。 朝席は、親ごころよりのお味わい。
朝席が終わると、石泉文庫から蔵書を専徳寺へと運ぶ。
総代さん方は朝席の間、ずっと石泉文庫の2階から1階へとバケツリレーのように蔵書を下ろして、法座が終わるのを待って専徳寺へと運ぶ。
今日は広南小学校6年生が手伝いに。
狭い石泉文庫から専徳寺までの細い道。
御高齢の方にはなかなか大変。
それでも、杖をつきながらでも運んでくださる方も。
「今年も運ばせてもらえた」と。
小学生は、何と5往復もしてくれたとか。
そのあと、本堂ではロープに蔵書がかけられていく。
子どもたちにもやり方を教えると、せっせと干して。
干し終わると、石泉文庫についての話を子どもたちに。 また、事前に質問をいただいていたので、それに答えて。
午後3時まで本堂で干し、みなさん集まって本を片付け、そして蔵書の照合。
夜席は、「自分らしい生き死に」、その「自分らしい」って?という話から。
津田ポンプの開発者、津田喜次郎の話を初めて聞かせていただき、後で調べてみたら、大変御法義な方であったようで、戦時中、本願寺がお聖教の一部を削除するという動きがあったとき、門信徒代表としてこの津田さんが当局と激しくやり合ったとか。(『見真』463号参照)
また、津田さんは江田島の出身だったとか。(《江田島って・・・どんなとこ?》参照)
江田島は御法義どころ。石泉社の門下生もたくさんおられたところ。
なんだか、尊いご縁を感じながら。 明日の朝席で御満座。
でも、雨で1日虫干しが順延となったため、明日も朝席後に虫干し作業。
石泉文庫へお返しするのは、次回の法座、盂蘭盆会の時に。
暑いなかをようこそのお参りでした。
7月18日(火)
明け方、雨音で目が覚める。。。
それが、どんどん土砂降りになり、時折カミナリも。
6時30分、総代長と虫干しを明日に順延することに決定し、各所へ連絡。
本堂の向拝にも雨が降り込んできたので、下足棚を廊下に上げて朝席を迎える準備。
朝席は雨が降っても通常どおり。
今朝は、信(無作)と行(造作)との話より。 「信」は人偏に言との話を聞き、なるほどと、漢字の成り立ちを見てみた。
諸説あるのだろうけれど、「言」とは、「辛」と「口」から出来ているそう。
「辛」は、入れ墨を入れるための針。「口」は誓いの文書を入れる器。
誓いを守らなかったら、罰として入れ墨を入れる。
言とは真実を語るということなのだと。
それで、「人」の「言」と書くのは、《まこと》と受け取って疑わないことを「信」というとか。
雨は上がったけれども、昼席はなし。
そして、夜席。 夜席では、名実ともに人間と言えますか?という話より。
親鸞聖人はご和讃の「真実明に帰命せよ」の左訓に、「真というは偽りへつらわぬを真といふ。実というは必ずものも実になるをいふなり」と記されている。
《まこと》を受け取って、かならずものの《実》になる。
そんな人生を送っていますか?と。
ようこそのお参りでした。
明朝の天気はどうだろう。
明日こそは虫干しを。
7月17日(月)
蝉の声が響き、いよいよ暑い暑い夏空に。
今夜から石泉文庫虫干し法座。
昨日は、一昨日呉東組親鸞聖人讃仰会でご講演いただいた北塔和上を石泉文庫へとご案内。
薄暗い文庫のなかで、僧叡和上の『論註海岸記』を手に。
今日は午後から総代、仏教壮年会のみなさんが虫干し用のロープを本堂に張ってくださった。
去年まで使用していたロープが、結ぶのにちょっと堅いようで、このたび新しく新調。
ピーンッと張ったロープに、明日と明後日、経典がかかる。
また、先日石泉文庫で草刈りをした草も片付けてくださって。 暑いなかをお世話になりました。
そして、夜席より法座。
このたびは、阿賀 称名寺の南 秀和師。
ロープの下でのお聴聞。
法性すなはち法身なり。法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。(唯信鈔文意)
今席では、曇鸞和尚の実相心・為物心のお味わいより。 「いろもなく、かたちもましまさず」、この話を聞くと、金子みすゞさんのこの歌を思い出す。
星とたんぽぽ
青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
ちってすがれたたんぽぽの、
かわらのすきに、
だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
私のために《見えぬもの》をどうにかして伝えようとしてくださるお心を。 ようこそのお参りでした。
明日の朝席が終わったら石泉文庫から蔵書の半分を運ぶ。
広南小学校6年生もお手伝いに。 お誘いあわせてお参りを。
(※虫干しのため、昼席はありません。)