春季彼岸会 1日目

3月24日(日)

今日の夜席より、春季彼岸会。

御講師は、和庄の明法寺 熊谷普門 師。

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初めてのご縁をいただいた。

今晩は「二僧巻簾」という禅僧の話から、「諸法実相」について聞かせていただく。

また、聴聞の心得は、「虚往実帰」だと。

 

私たちは先入観をもってしてしまうことが多い。
また、優劣を付けて物事を見てしまう。

そこが、凡夫の眼と仏の眼の違いという話。

 

『専徳寺報 念佛日和』を世話係の方に配っていただいて、早速その礼状が届いた。
そこに、

寺に参れぬ母も喜んで何度も見ております。

と記されているのを見て、ハッとする。

寺報を出すとき、こちらは寺に参ってご縁にあっていただきたいという思いをもって法座のご案内をしたのが、事情があって参りたくとも参れぬ方もいる。

凡夫の眼。

仏さまの眼には到底なれないだろうが、そのことに気づくことが大切なことかな。

ようこそのお参りでした。

 

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2013年3月24日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

『広島の食事』

3月21日(木)

書店でふと目についた本。

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『聞き書 広島の食事』

手にとってパラパラめくると、目次の「安芸門徒の行事と食べもの」に目がとまり、早速購入。

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安芸門徒のおたんや(お逮夜)の“煮ごめ”の話はよく聞くが、修正会(元旦)・おたんや・彼岸会・花祭り・お春座(春の永代経法要)・降誕会・安居会(泥落とし)・盂蘭盆会(歓喜会)・報恩講法座(秋の永代経法要)・総の報恩講・除夜法要(大晦日)と、年間の諸行事とそのときに用意される食べものが紹介されている。

また、一昔前の安芸門徒の婚礼、葬式の様子も紹介されていて、なかなか興味深い。

 

その他にも、沿岸部や山間部、各地方のいろんな風習や料理が。

思わず笑ってしまったのが、涅槃会(お釈迦さまのご命日)に用意される「お釈迦さんのはなくそ」。

旧暦2月15日は、お釈迦さまの命日「涅槃会」である。この日は「お釈迦さんのはなくそ」または「おいりはなくそ」と呼ぶ菓子をつくって仏前に供え、子どもたちに配る風習がある。名前を聞いただけでは何か見当もつかないが、米や豆を炒ってあめをからませたお菓子で、子どもたちは楽しみに待っている。まことにひょうきんで、安芸門徒の人たちの仏さまへの親しみが感じられる呼び名である。

とあるのを読んで、なるほどと。

また、今ちょうど彼岸中であるが、府中地方では、「親が養う春のお彼岸」「親を養う秋のお彼岸」といって、春の彼岸には実家から嫁ぎ先へおはぎが届けられ、秋の彼岸には反対に実家へおはぎを贈る慣わしがあると紹介。

 

毎日の生活にかかすことのできない食事。
そのなかに浄土真宗の教えが。

親鸞聖人の師匠法然聖人のことば、

衣食住の三は、念仏の助業也。(和語灯録)

生活の中心にお念仏。

家庭の中で受け継がれることを願う。

念仏日和

3月20日(水)

お彼岸の中日は雨。

長浜から広交差点へと向かう途中にある、しだれ桜が一気に花を咲かせる。

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近所のソメイヨシノもだんだんと蕾が膨らんできた。

今日、印刷を頼んでおいた寺報が届いた。

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初めて作った寺報。

これまで春の永代経法要と秋の報恩講法要の前に、法座の案内を総代・世話係のみなさんに配っていただいていたが、それをこのたび改めて、寺報として春と秋に配っていただくことに。

タイトルは『専徳寺報 念佛日和(ねんぶつびより)』。

「日和」とは、洗濯日和・行楽日和と使われるように、洗濯するのにちょうどよい、出かけるのにちょうどよいと、「○○するのにちょうどよい」という意味で使われる。
そこで、今日のような雨の日だろうが、晴れの日だろうが、楽しい日だろうが、悲しい日だろうが、毎日が「念仏するのにちょうどよい日」。

そんな思いをこめて、「念佛日和」。

 

仕分けをして、近々世話係の方からお届けに。

2013年3月20日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

ツバメ

3月19日(火)

暑さ寒さも彼岸まで

彼岸に入り、急に暖かくなってきた。

今年初めて、広でツバメが飛んでいるのを見つけた。

長浜ではまだかな?と耳を澄ましてみると、遠くにツバメの声が。

今年も帰ってきた。

 

帰ってきて、旅立つ前と何だか様子が違うのに驚いてるかな。

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「胡子湯」の取り壊しが本格的に進んで、大きな煙突が姿を現した。

その様子を眺めていた方が、「寂しいもんですねぇ」と一言。

 

「諸行無常」と割り切れないのが、人のこころ。

2013年3月19日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

石泉文庫見学

3月13日(水)

今日は雨のなか、宗学院に通っている組内寺院の御住職が、学友と一緒に石泉文庫の見学に。

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専徳寺で少し石泉和上の話をした後、石泉文庫へご案内。

文庫のなかは照明がないので、こんな日は真っ暗。
懐中電灯を使ってお聖教を手に取る。

宗学院で講録(親鸞聖人の著作に関する講義の記録)を学ぶ方々にとって、ここは知識の宝庫。

今の時代、どんどん便利になり、こうした講録が収まった『真宗全書』も、国会図書館ホームページ近代デジタルライブラリーで閲覧出来るようになったが、それでもまだまだ文庫のなかに眠ったものも存在する。

 

20数年前に大学の卒業論文を書いた頃、貴重書のためコピーが出来ず、また今のようなデジカメもなく、卒業論文を書くための資料集めに石泉文庫の本を2日で3冊ほど書き写したら、夕飯の茶碗が持てなくなった。(※字は右手で書くが、箸は左手で持つため。)
それで、ワープロを購入することに。

そんなことを思い出す。

不便さを知っているから、便利だと感じ、ありがたいと感じる。

時には不便なこうした昔ながらの場所へやって来るのもよろしいかと。

呉東組聞名講 3月例会 追悼法要並びに東日本大震災三回忌

3月11日(月)

午後1時30分より、阿賀の宝徳寺にて呉東組聞名講の3月例会。

3月例会は、この一年間に亡くなられた講員の御遺族にも案内して、追悼法要が営まれる。

そして、東日本大震災でお亡くなりになられた方の三回忌法要もあわせて行われる。

呉東組法中、聞名講の揃いの色衣・五条を着けて、『阿弥陀経』のおつとめ。

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聞名講宛の消息拝読の後、ご法話は善通寺住職。

東日本大震災の地震発生時刻、14時46分には梵鐘が鳴らされる。

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引き続いての御示談では、3つの質問をいただいた。

 

一つ目は前回時間の都合で出来ず、宿題としていた質問。

浄土真宗では、おなぐさめの言葉にどのような言葉をかけたらよいのか、見つからないので、教えていただきたい。

という質問。

ご門徒のなかから、私は亡くなったおばあさんから、「かけることばもありません」というものだと教わったと意見が出る。

それを受けて法中から、『白骨の御文章』の

野外におくりて夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あはれといふもなかなかおろかなり。

の御文があげられた。
「おろかなり」とは、言葉では表し尽くせないとの意。

これという決まった言葉はないが、相手を思いやってこころを寄せることが大切かと。

 

二つ目は、以前にも出た「生前」の意味

その後、ある御講師より、「生前」を存命中とするのは、往生する前という意味で、浄土真宗だからこそ使える言葉なのだと聞いたと。

それに対して法中から、「前」というのは過去だけでなく、これから先(未来)を指す意味で使われていて、ご法義を味わうなかで、「往生する前」と捉えるのがよろしいと。

 

三つ目は、退職して法座に参るようになり、良いお話を聞かせていただけると、他の方を誘うのだが、「まだ私には早い」と言われてしまう。どうしたものかと。

いくつになっても、「まだ・・・」と言う話はいろんなところで聞く。

浄土真宗の教えは、亡くなった後の話ではなく、今を生き抜く話だとまとめられた。

 

今こうして生きている私のいのちを見つめさせていただく大切なご縁をいただいた。

2013年3月11日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

広南小学校 ありがとう集会 避難訓練

3月11日(月)

今朝、広南小学校で、読み聞かせや登下校時に児童の通学を見守ってくださる地域ボランティアの方々が招かれ、“ありがとう集会”が開かれた。

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児童からそれぞれ感謝状と手作りのメダルが贈られる。
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“ありがとうソング”まで久しぶりに聞かせていただき、こちらこそありがとう。

 

会が終わると、今日3月11日は東日本大震災から丸2年。

海に隣接した小学校。
地震・津波を想定して、地域の方々と一緒に避難訓練が行われる。

地震発生の知らせを受け、みんな体育館の中央にしゃがみ、頭を守る。

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地震が治まると校庭にまずは避難。

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そして、津波を想定して地域の方々に誘導され、避難所専徳寺へ。

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専徳寺まで避難して、校長先生より「津波てんでんこ」の話。

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自分たちのいのち、自分たちの地域は自分たちで守る。

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最後に被災された方にみんなで黙祷。

失われたたくさんの“いのち”。
そのことを通して”いのち”の大切さを改めて知る。

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境内にはテント設営も行われたが、いざしようと思っても、なかなか出来ないということも知る。

東日本大震災から三回忌。
まだまだご苦労されている方もたくさんおられる。

いつまでも忘れることのないように。

2013年3月11日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

呉東組実践運動研修会

3月9日(土)

午後5時より、呉森沢ホテルにて、呉東組「御同朋の社会をめざす運動」(実践運動)研修会が開かれた。

専徳寺からは総代、仏教壮年会、仏教婦人会の各代表1名が参加して、全体で約80名の方が集う研修会。

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御講師に広島別院から安部恵証教務所長を迎え、お話をいただく。

呉東組の3年間の重点プロジェクトは、「浄土真宗における儀礼の意義を問う」。

葬儀のあり方がいろいろと注目されているが、儀礼とはそれだけでなく、読経のあり方であったり、いろんなことを今一度見なおしていくこともこれからのあり方なのかと。

研修会の後は、会場を移して懇親会。

事務局として、初めての司会を担当させていただく。

 

和やかななかに、いろんなことを聞かせていただいた。

「そっとつながる ホッがつたわる」

まだまだこの運動が浸透して行くには時間がかかりそうだが、乗りかかった船。
出発したばかりでどこを向いているのか分からないけれど、良い方向に向かうよう、お手伝いさせていただくばかり。

 

2013年3月9日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

長浜日曜学校 修了式

3月9日(土)

朝8時30分から住蓮寺の長浜日曜学校の修了式に出席。

このたび4名のほとけの子が日曜学校を修了。

そのうちの1名は、2年生の時から広石内より通ってきた。

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「終了」ではなく、「修了」

一、ほとけの子は すなおにみ教えをききます
一、ほとけの子は かならず約束をまもります
一、ほとけの子は いつも本当のことをいいます
一、ほとけの子は にこにこ仕事をいたします
一、ほとけの子は やさしい心を忘れません

いつも『らいはいのうた』のおつとめの後にみんなで唱えた「ちかい」。

小学校は卒業しても、「ほとけの子」はいつまでもほとけの子。

これまで学んだことを大切にして、いつまでもやさしい心で。

2013年3月9日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

仏教壮年会 3月例会

3月8日(金)

急に暖かくなってきた。

花粉が飛び、黄砂が飛び、pm2.5が飛び、オスプレイが飛ぶ。
やっかいなものばかりが飛んでくるが、春の訪れも少しずつ。

螺山でウグイスの声を聞くようになった。

 

明日開かれる呉東組実践運動研修会の準備も整い、今夜は仏教壮年会の例会。

今日は、明日開かれる実践運動研修会にちなみ、「そっとつながる ホッがつたわる~結ぶ絆から、広がるご縁へ~」の「ごえん」。

本願寺のホームページに以下のことが。

「ごえん」  人と人を結びつける不思議なめぐりあわせです。
「ごえん」  わたしたちが自覚する以前から、つながっています。
「ごえん」  わたしたちが認識している以上に、遠くまで広がっています。
「ごえん」  過去から現在、現在から未来へとつながっていきます。
「ごえん」  誰もがつながっていけることです。
「ごえん」  わたしとあなたのことです。
「ごえん」  わたしと仏さまのことです。
「ごえん」  わたしのいのちを支えているものです。
「ごえん」  わたしがここに存在していることそのものです。
「ごえん」  わたしはあらゆるものにつながっています。

これらの話をしながら、これから仏壮でどんなことをしていったら良いか、少し話をしてみた。

ひとつは、念珠を作ってみる。

私も念珠の紐を編めるきっかけを持ちたいということと、みんなで何かをしてみようということを提案。

 

今日頼んでおいた本が届いた。

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もうすぐ震災から2年。

亡くなられた方の顔を復元した方が綴った絵日記。

こうして一人ひとりの顔を見てると、改めて、一人ひとりの大切ないのちを感じる。

 

その人の存在。

最近は野菜にも、生産者の写真や名前が記されたものがある。

この人が丁寧に作ったものと感じると、やっぱり受け止め方が違う気がする。

 

念珠を自分で作るのも、愛着というか、大切に思う心が変わってくるかな。

また、それを子どもや孫にプレゼントすると、既製品とは大切に思う心が違ってくるように思う。

そこから「ごえん」が始まれば。

 

そんなことをちょっと考えてみた。

2013年3月8日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku