くれえばん取材

3月7日(火)

午前中、お葬式。

棺の上に故人のお書きになった書が。

見てござる
知ってござる
聞いてござる
南無阿弥陀仏様が

ご自宅から専徳寺へはちょっと離れているため、近くのお寺でよくお聴聞されていたよう。
報恩講へお参りに行くと、いつもニコニコとお話してくださった。
よくお聴聞されてたのだなぁとお念仏。

 

そのあと、法事へお参りした後、昼前に今日も石泉文庫へ。

今日は簡単な足場を組み、屋根瓦を。

 

そして午後から「くれえばん」の取材がここ石泉文庫にて。

4月号に掲載予定とか。

いいご縁となりますように。

 

2023年3月7日 | カテゴリー : 石泉・黙霖 | 投稿者 : sentoku

石泉文庫 工事中

3月6日(月)

青空の広がる良いお天気。

いつもなら月曜日はゆっくりしているのに、今日は朝からお葬式に年回法要、臨終勤行に遷仏法要と、午前中いっぱいお参りに。

お昼前、ようやくお参り先からの帰りに石泉文庫に。

 

今日から石泉文庫の土塀の修理が始まった。

昨年4月にクロガネモチが倒木し、土塀と向かいのお宅の屋根が崩壊。
向かいのお宅は早急に修理していただいたけれど、土塀は県の史跡のためすぐには修復出来ず、ようやく。

まずは瓦の修理をするそうで、瓦が外されていた。

長い間、通行止めとなり、ご不便をおかけしましたが、これでようやくきれいになりそう。

 

午後から広島別院へ。
令和4年度最後の〈御同朋の社会をめざす運動(実践運動)安芸教区委員会 組重点プロジェクトリーダー研修協議会〉へ。

どうやら一番乗り。

「広島における生活困窮者支援の取組み」と題して、NPO法人 反貧困ネットワーク広島の弁護士先生の話。

緊急避難場所シェルターの話など、知らなかった話をいろいろと。

そのあと、協議会があったけれど、お通夜のために途中で退席。

 

とりあえず、一つ一つ年度末の後片付け。 

 

 

 

 

 

 

ピカソ

2月21日(火)

先週の月曜日。
読み聞かせをした後、お葬式。
そして翌日もお葬式。

2月に入って、寝る時の喉の乾燥予防のため、ナイトミンの口閉じテープを利用するように。
そのおかげか、喉の調子がよくなった。
調子に乗って思わず久しぶりに下っ腹に力を入れて読経して、翌日腹筋に激痛。。。
どうやら腹筋も肉離れを起こすらしい。

それからとにかく安静に。

そのおかげもあってか、何とか復活。

 

昨日は午後からひろしま美術館で開催中の『ピカソ 青の時代を超えて』展に。

ピカソの作品には、なかなか難しいところもあるけれど、いろいろご縁があって生まれた作品だったんだなぁと思いながら。
また、展示する場所で、作品の見方は変わってくるかなぁと思いながら。

 

そして今日。宇都宮黙霖の書を二幅、ご門徒様より寄贈頂いた。

 

先代が収集されたものだけれど、手元に置いておくよりも、お寺にある方が安心するからと。

何はともあれ、ありがとうございます。

 

 

 

 

2023年2月21日 | カテゴリー : 石泉・黙霖 | 投稿者 : sentoku

石泉文庫防火訓練

1月27日(金)

午前中、呉市立美術館へ。

この日曜日に終わる「呉の美術」展に。

土曜・日曜と忙しくなりそうなので、今日しかないと。

見てみたかった作品の一つが朝井清の「晩秋」(呉市立美術館蔵)。

横路の方から長浜方面を描いた作品。
螺山、白岳山が見えるけど、家がない。
大正時代から昭和初期の作品だそう。

その他の美術団体としては、賀茂郡広村(現・呉市広)で地元出身の朝井清、池田栄廣、堀内唯一らが中心となった「二級美術院」(昭和初期頃-)が組織され、著名作家の作品の招致、地元アマチュア作家の作品や児童作品の募集・展示など、幅広い美術の普及・奨励を展開していたことが注目される。(「呉の美術」図録より)

戦前、広では「教育第一」を村是に掲げていたけれど、芸術に関してもこうした活動をしていたことを知り、大きな収穫。

図録も立派なので、後でゆっくりと。

 

そして、午後から石泉文庫防火訓練。

3年ぶりの開催。

広南小学校3年生と一緒に。

 

 
 
 
 
 
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昨日、1月26日が文化財防火デー。

呉市・消防局と地域が防火訓練をすることで、いろんなことを学ぶ場に。

子どもたちにとっても、いろいろな学びの場。

間近で消防士さんの迫力ある訓練を見ることが出来、細い道に延ばされたホースを踏まないように細い道を専徳寺へ向かうと、そこには消防車。

そして、境内では水消火器を使った消火訓練、天ぷら火災実験を体験し、火の怖さを学んだのではないかな。

 

長浜小学校と小坪小学校が合併して広南小学校となった時から、小学校へ声をかけ、3年生が参加するように。

子どもたちの元気な姿が地域を明るく。

 

みんなで守ろう広南 

ようこその参加でした。

 

真徳会館 報恩講

11月21日(月)

一昨日は呉専徳寺報恩講、昨日は法幢寺住職継職法要、そして今日は午後から真徳会館の報恩講。

連日のご縁、今年はお天気に恵まれ、しかも暖かいので、窓も開けっ放し。
御講師部屋の窓の外に、ピンク色の山茶花。

 

コロナ前の2019年11月にお参りして以来、久しぶりの真徳会館報恩講へ。

ずっとお世話してくださっていた小川さんがお亡くなりになってから初めての法座でもあったようで、どうしてよいのか皆さんも戸惑いながら。

こちらも久しぶりすぎて、おつとめを始める前に皆さんに普通の正信偈か、らいはいのうたの節譜の正信偈にするか尋ねてみたら、せっかくだからいつもと違うらいはいのうたの節譜でと言うことで

3日続けて正信念仏偈第二種のおつとめ。

 

法話では「となえる」のお味わい。

法話の後、CDもテープもないと言うことで、皆さんと一緒に恩徳讃を。

御法座が終わった後、控え室に戻ると、「久しぶりすぎて顔を忘れてしまったから、マスク外してお顔を見せてください」と。

ホントに久しぶり。

コロナ前は当番制でお斎があったけれど、まずは法座の再開。
一歩ずつ一歩ずつ。

ようこそのお参りでした。 

 

 

 

 

石泉文庫視察

10月31日(月)

今日は午後から石泉文庫の視察に立ち会い。

呉市文化振興課、広島県教育委員会事務局管理部文化財課、建築史学の准教授、施工業者の方がそろって、石泉文庫の現状を確認し、これからのことについて喧々諤々と。

いろいろと話される言葉を後ろで聞いていると、それぞれの立場があるなぁと。

 

それが終わって専徳寺を見てくださり、むくり屋根に唐破風造りの本堂、鐘楼、山門に高い評価をしていただいた。

先日、本願寺派鹿児島別院のInstagramに昔の写真。

 

どう見ても、専徳寺の本堂そのものと思える建物。

インターネット上でいろいろと情報を探るのだけれど、なかなかこれが。。。

 

何事も良い方向に向かうことを願うばかり。

 

 

呉ご当地キャラ祭

10月29日(土)

ずっと使っていたパソコンがとうとう壊れてしまった。。。

同じ頃に買い換えた電化製品も次々と。。。

そんなこともあり、ぶろぐも休み。

 

今日は大和ミュージアムの隣、大和波止場にて呉ご当地キャラ祭開催。

そこに広南中学校の「もくりんさん」が登場すると言うことで。

 

 
 
 
 
 
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ステージ上で、もくりんさんのこと、広南を立派にアピールを。

次は広教育祭で登場だそう。

 

何だか元気をいただいて。

 

もくりんさんのお下がり

10月13日(木)

今日で小坪(旧小坪地区)の通り報恩講が修了。

お仏壇のお供えには、先日広南劇場で広南中学校2年生HMⅡが販売した「もくりんまんじゅう」があちらにもこちらにも。

おかげでお下がりにいただいた「もくりんまんじゅう」が鞄にどっさり。

子どもたちの起業企画へのご協力ありがとうございました。

 

そして、今日のお参り先でのヒアリングフレイル。

ヒアリングフレイルとは、加齢に伴う聴力の低下。
それに伴い、認知症と間違われたり、意思の疎通が難しくなったり。

《参考》ユニバーサルサウンドデザイン

 

一昨年、通り報恩講で伺った先で、「おつとめはいいから」と言われ、「えっ?」と思ったら、どうも聞こえづらくなってきたため、一緒におつとめできないからと。

でも、コミューンを使って一緒におつとめできた方のお宅へ再び。

 

呼び鈴は壊れており、玄関先で「ごめんください」と何度呼んでもまったく返事はない。
でも、奥の台所から音が聞こえてくるので、「ごめんください」を繰り返しながら台所まで行き、すぐ隣に立った時点で気づいていただけた。
かなりヒアリングフレイルが進んでいるような感じ。

コミューンの音を少し大きめにして正信偈をおつとめすると、最後まで一緒におつとめしていただけた。

ちゃんとこちらの声が届いたようで、そのあとしばしいろんな話を聞かせていただく。

最近は、「釋〇〇」と、帰敬式でいただいた名前で手紙を書いたり、友人と呼び合っているのだと。

 

そのあと、伺ったお宅では、逆に「法名を普段名告ってもいいのでしょうか?」と尋ねられた。

「法名を名告るのはいいことだと思います。ただ、相手が誰?って思うようなことがあるので、相手が分かるようにしたほうがいいと思います。」と回答。

「そうなんですよ。最初誰が贈ってくれたか分からなかったんですよ」と。

相手があって届く世界。

 

宇都宮黙霖生誕200年に向けて、有志の方々がとあるプロジェクトを構想中。
そのプロジェクトを具体化するため、今日午後からお寺に訪ねて来られ、いろいろと意見を求められた。
黙霖LOVEがすごく伝わって来て、汗かいてしまうほど。

こちらもいいご縁となりますように。

 

石泉文庫虫干し法座 3日目

9月30日(金)

今朝、石泉文庫虫干し法座御満座。

 

二河白道の

「百歩」とは、
人寿百歳に譬ふるなり。

『二巻鈔(愚禿鈔)』の中で、親鸞聖人はこの白道の長さが百歩と言うのは人の寿命百歳に譬えられたものだとお示しくださった。

「人間五十年」とは織田信長。

親鸞聖人ご在世の鎌倉時代の平均寿命は?と調べてみたら、何と24歳だそう。

と言っても、この時代は幼くして亡くなる子どもが多かったこともあってのこと。
また、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ていると、毎週誰かが亡くなっていく。。。

初代鎌倉殿「源頼朝」は落馬が原因で51歳で亡くなり、義経・木曾義仲は30歳で。
でも、北条政子は68歳、その父で初代執権時政は77歳。義時は59歳。

法然聖人は80歳、そして親鸞聖人は90歳。

そう思うと、この白道、人によって短くもあり、長くもあるのかな。

 

また、親鸞聖人は〈みち〉を「道」と「路」とに区別された。

恐る恐る、不安を抱きながら、疑いを抱きながら歩むのが「路」。
お釈迦さまの「行け」(発遣)、阿弥陀さまの「来い」(招喚)の呼び声に身をまかせて一心に進むのが「道」。

同じ4,5寸でもそれによって狭くも感じ、広くも感じる「みち」のお味わい。

 

法座が終わり、石泉文庫へ蔵書をお返し。

初日のように人数が多くないので、何往復しなければならないかと心配したけれど、

 

初日には出番がほとんどなかったこれが今日は大活躍。

2往復するだけで、10往復分くらいの力。
ただ、上り坂は少々きつい。。。

わずか4,5寸の道ではないけれど、この細い道を人力によってすべてお返しできた。

後に残ったのは、

虫干しの際にヒラヒラと舞い落ちた銀杏の葉っぱのみ。
防虫用に先人達が挟んでいたもの。 

みなさんのおかげで、今年も無事虫干しを終えられ、ホッと。

ようこそのお参りでした。

石泉文庫虫干し法座 2日目

9月29日(木)

今日も曇り空。
モズの高鳴きが聞こえてきた。

今朝、石泉文庫虫干し法座2席目。

昨日に引き続いて二河白道の話より。

先日、彼岸会の時に『念佛日和』に二河白道を紹介し、読み直している時、幅4、5寸、長さ100歩と言うのがピンとこなかった。そこで本堂の外陣を畳の縁に沿って歩いてみた。

でも、畳の縁は4、5寸ではない。

そこで、幅15センチほどの白いテープがあるだろうか、とAmazonで調べてみたら、ちょうどいいのがあった。

養生用テープなら、畳の上に貼っても大丈夫。
そう思って注文すると、法座前日に届く予定。
よかったと思っていたのに、先日の台風の影響か、一日遅れて昨日の夕方到着。

早速昨日の夕方、本堂に。

端から端まで貼ることも考えたけど、とりあえず半分。
半分でちょうど20歩ほど。
100歩と言うのは、この白道の5倍。

虫干しの後、総代さん方が白道を歩く。

平均台と同じくらいだと言う話が出た。
でも、後で調べると平均台は10センチ。

体操選手なら火の河、水の河のこの白道を歩めるのかな?

ただ、行け、来いの喚び声があってこその白道。

 

ようこそのお参りでした。

 

午後から本を片付けて、ロープも片付け、いよいよ明日は朝席の後、石泉文庫へお返し。