呉東組聞名講 10月例会

10月11日(火)

今日と明日、小坪臨海地区の報恩講。

午後から、当山専徳寺にて呉東組聞名講の例会。

10月例会は報恩講法要も行われるため、呉東組法中、そろいの色衣・五条袈裟をつけて厳修。

直前になって、登礼盤作法をすることに。
おつとめは『正信念仏偈 第二種』。

その後、百周年の時の御消息を拝読し、称名寺若院さんの法話。

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御示談では、「凡夫」・「十方衆生」について質問が出た。

「凡夫」とは、凡庸なる士夫。
〔四諦の道理を知らない人をいう〕。

聖徳太子の十七条憲法のなか、

十にいはく、忿を絶ち瞋を棄てて、人の違ふを怒らざれ。人みな心あり、心おのおの執ることあり。かれ是んずればすなはちわれは非んず、われ是みすればすなはちかれは非んず、われかならず聖なるにあらず、かれかならず愚かなるにあらず、ともにこれ凡夫ならくのみ。是く非しきの理、たれかよく定むべき。あひともに賢く愚かなること、鐶の端なきがごとし。ここをもつてかれの人瞋るといへども、還りてわが失ちを恐れよ。われ独り得たりといへども、衆に従ひて同じく挙へ。

と、『註釈版聖典』(本願寺出版)には、「凡夫」に「ただひと」と仮名が振ってある。

お互いにただの人。
そのただの人である私が法に出遇うそのとき、愚の正体に気づかされるのだろう。

ハングリーであれ。愚かであれ。

故S・ジョブス氏のことば。

十方衆生では、仏性の話が出た。

「一切衆生悉有仏性」「草木国土悉皆成仏」と経典には説かれている。

また、『大阿弥陀経」(『大経』の異訳)には、

諸有の人民・蜎飛蠕動(けんぴねんどう)の類、阿弥陀仏の光明を見ざることなきなり。

小さな虫までも願いがかかっていると説く。

ただ、縁がととのわなければ種から花を咲かせることはない。

今、私たちは縁がととのって法に出遇えたことを大切にしたいものである。

2011年10月11日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku